− 第73回 −
第五章 溝の帯III 9
 黄金の塊は、壁だけではなく地面にも無数に埋まっていて、足の踏み場もない。ひんやりした黄金の感触が足の裏から伝わってくる。天井のわずかな裂け目から差し込む陽光が黄金に反射して、ドーム全体をまるで教会のような厳かな場に仕立て上げていた。
 滝壺に落ちたぼくは、ここまで流されてきたらしい。わずかに水が溜まっている。だとすれば姉さんもきっとどこかにいるはずだ。
「アーアー(姉さん)!」
 叫んでみたが、谺(こだま)があちこちから返ってくるだけだ。気を失ってるのか、怪我で声が出せないのか、それとも別の場所に流されたのか……。
 ドームからはいくつもの洞穴がさらに奥へと続いていた。それぞれの前に行って呼んでみたが反応はなかった。弱った。これじゃ探しようがない。
 ドームの中央に戻り、黄金塊のひとつに腰掛けた。高価な椅子だ。黄金のカブト虫が足先をトコトコと横切っていく。この虫は天井の裂け目から入ってきたのだろう。いいな君は。羽があって。
 突然ヒタヒタと足音がした。振り向くと洞穴のひとつから三人の猿人が踊り出てきた。逃げる暇なく、ぼくは彼らのひとりに殴り飛ばされた──。

 ──お願い。眼を開けて。
 姉の優しい声。それがぼくを揺り起こした。殴られた頬に激痛が走って思わず顔をしかめた。薄目を開けると姉の心配げな顔がそばにあった。
「無事でよかった」。姉は眼を潤ませているんだろうか。わずかに動いた目尻や頬に「心配」、「安心」といった人間的な表情の芽生えを読みとれた気がする。
 姉の眼がぼくの後ろをチラと見た。ぼくも背中に視線を感じてそちらを見やった。そこにはさっきの襲撃犯三人組がぼくを見下ろしていた。
 ぼくはもういい加減、驚くことはないだろうと思っていたけど、今度も驚いた。三人組はなんとなんと博士の研究所を襲撃した凶悪トリオ、キョウスケ、ムネオ、サユリのバッド・エイリアンズに生き写しだったのだ! もちろん額を押し込んでアゴを前に引いた猿人ふうにアレンジしないといけないが。
 ぼくは苦笑した──つもりで背を丸めた。それが気に食わなかったのか、猿人ムネオがぼくの尻を蹴飛ばした。姉がキッとムネオを睨みつけた。
 猿人キョウスケはなにやら喚き始めた。
 ──彼らはあなたに“溝の帯”の抜け道を教えろと言ってるのよ。
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