![]() − 第72回 − 第五章 溝の帯III 8 |
ぼくは弾かれたように振り返った。 姉だ! ただひとり波間に取り残されてしまっている。沖に返す波が悲鳴をあげる姉を、深みへ深みへと引きずり込んでいく。 ぼくは大男さんに「父を頼みます」と目で伝えると、彼が止めるのも聞かず、波打ち際に取って返した。助けられるとしたら泳げるぼくだけだ。ぼくは迷わず湖に飛び込んだ。 姉はどんどん沖へ流されていく。ぼくは近づこうと必死に泳いだが、第二波の津波がぼくたちを巻き込んで、岸辺とは別の方向へと押し流した。 ぼくは海面に顔を出しては酸素を吸い、泳ぎ、波に飲まれてもがき、また海面に浮上する。その繰り返しで、体から徐々に力が奪われていった。 姉はかろうじて漂っていた木に掴まっているが、そこまでの距離がなかなか縮まらない。 そうこうしているうち、水が急速に流れ出した。どうしたのかと顔を上げると、水は崩れた崖とは反対方向に流れていく。ぼくも姉もされるがまま引きずられていくしかなかった。 行き着く先に──岸辺はなかった。激しい津波が、できたばかりで柔(やわ)な湖の端っこを突き崩したのだ。 そこは滝となってぼくたちを待ち構えていた。 逃げようがなかった。 ぼくと姉は滝の上から真っ逆様に落ちていった。 眼の前をカブト虫がのそのそ歩いてる。見たこともない形だ。わずかに差し込む光に照らされ、体がキラキラと輝いている。カブト虫のくせに“黄金虫”だ、フフフ。 光はどこから来るんだろう。なま暖かい風が鼻先をくすぐった。誘われるように首をめぐらせたぼくは「うわあ……」と声を上げた。 黄金のプラネタリウム。満天の星。 ここは宇宙空間? ぼくは立ち上がって、おそるおそる近寄った。 光る物体は宇宙に浮かぶ星ではなかった。ちゃんと手で触れることができる。見た感じはまるで“黄金”そのものだ。 アフリカは黄金の産出量が多いと社会の時間に習ったことがある。とすると、やっぱりここは博士の言うとおり、アフリカなんだろうか。 まさにプラネタリウムがすっぽり入りそうな広さ、いちめんの壁に埋め込まれた黄金。女性が見たら卒倒するだろうな。 女性──そうだ、姉さんはどこ行った!? ぼくはあわてて周囲を探した。 |
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