![]() − 第68回 − 第五章 溝の帯III 4 |
倒れた樹木から木の実をもいだりしながら、ここまでやった来たけど、明日からは食べ物が見つからないかもしれない。早く対岸の崖を登らないと飢えて死んでしまう。それ以前に、いつまでもこんな危険地帯にいるのは猿人たちにとって不安なはずだ。何人かが谷底へ落ちたのは、我慢できずに垂直な崖をよじ登ろうとしたからだ。 地面が小刻みに揺れている。仲間たちは身を寄せ合って寝ている。まるで電車の中で眠りこけるサラリーマンのようだ。この電車の運転手はぼくなのか……。考えるとますます寝つけない。ぼくにもたれながら眠っている姉はさっき、こう言った。 ──あなたの眼は私たちより遙かにいいわ。私たちには遠くが見えない。その眼で登れそうな場所を探してちょうだい。 そういえば博士が言ってたっけ。猿人はジャングルからサバンナに出ていくことで進化したと。ジャングルでは眼よりも鼻が重要だ。遠くを見る必要がない。サバンナは身を隠す物がないので、敵をいち早く発見しなければならない。そうやって人類は視力が良くなって……。 気がつくと夜が明けていた。灰色の空はそのままだ。ぼくたちは再び歩き始めた。誰の顔にも疲労がにじみ出ている。 見渡す限り、屏風のような崖が左右に延々と聳えている。どちらの崖もできたばかりだから、あちこちで落石が起こっている。いったいどこまで歩けば登れるんだろう。ぼくには判断できない。こんなことなら父さんに山へ連れて行ってもらうんだった。仕事に追われる日々の父さんにそんな時間はなかったけれど……。 見覚えのある樹木に行き当たった。地下に通じる洞穴の目印の木だ。まだこんな所までしか来ていなかったのか! 怪我人連れだからしょうがないとはいえ。姉も同じ思いなのか虚ろな眼をしている。洞穴は、と探したが、どこがそれだったのかもはや分からなくなっていた。 ぼくは首を振って木を登った。さすがに根の太い木だけあって、地震にも倒れなかったらしい。樹上からの見晴らしは良かった。そして行く手を眺めたとき、文字通り眼が点になってしまった。大きな湖がそこにあった。いつの間に……。昨日はこんなもの確か無かったはずなのに。両側の崖から湧き出る地下水が滝となって湖に注ぎ込んでいた。 |
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