![]() − 第67回 − 第五章 溝の帯III 3 |
──そう、君ならできる。 ボクの声が囁(ささや)いた。それはぼくの背中を押した。ぼくはスックと立ち上がった。二本足でしっかりと背筋を伸ばして。仲間たちが声にならない声をあげてぼくを見上げた。ぼくは迷わず“溝の帯”を指さした。おそらくこの世界で、進むべき方向を指で示す行為をしたのは、ぼくが史上初だろう。 ──OK。進もう。 大男さんは全員を見渡し、大きな声で吠えた。 道のりは険しかった。火山の噴火と共に発生した地震はいっこうに収まらなかった。大きな揺れが来るたびに地面は崩れたり隆起したりで地形はどんどん変化した。木々はなぎ倒され、森は飲み込まれ、川は形を変えた。噴煙が雲のように空を覆って太陽の光を遮(さえぎ)った。 午前中にここを歩いたときに見た崖の高さが、明らかに変わってる。“溝の帯”は地震によってますます断層を深くしているみたいだ。ぼくたちは生き物のように蠢く大地の上をひたすら進んだ。 ぼくがあえて危険な“溝の帯”に進もうと言った理由は、敵のブラウン族は絶対に追ってこないと踏んだからだ。すでにここからは鳥やその他の動物さえ姿を消している。動物たちは本能で危険を避ける。つまり、ここを抜けて反対側の崖を登れば、ブラウン族の追っ手から逃れることができるのだ。 仲間たちがそこまで理解してくれているかどうかわからないけど、いっしょに父を支えて歩いている大男さんには通じているようだ。 最初は元気に進んでいたぼくも、太陽が崖の彼方に沈む頃には、気持ちも沈みそうになっていた。 まず三人がいきなりの地盤沈下で地中に飲み込まれた。次いで五人が細い崖沿いの道から谷底に落ちた。ぼくは胃袋をぎゅっと絞られる思いがした。ぼくが選んで示した道だ。みんなをわざわざ危険の中に呼び込んだのでは……。それでも途中であきらめなかったのは、大男さんが信頼してくれていたからだ。もちろん姉も。 手を貸しながらなんとか連れてきた負傷者たちも次々と脱落していった。陽がとっぷりと暮れた頃、仲間の数は三十人あまりに減っていた。 夜が来た。月は見えない。相変わらず火花を揚げている火山が“溝の帯”の高所を真っ赤に照らしているが、ぼくたちのいる溝の底は真っ暗だ。 みんな疲れ切っていた。先は長い。ぼくたちは危険を承知で、ここで一夜を過ごすことにした。 |
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