− 第66回 −
第五章 溝の帯III 2
 ボクがぼくに見せる記憶の映像は、姉が地底世界へ続く洞穴で見せてくれたのと同じぐらいリアルなものだった。言葉を持たない猿人たちはこうやって意志のやりとりをしているんだろうか……。
《──ブラウン族の攻撃は「引っ掻く」「噛みつく」だけだ。ボクや大男さんはよく奮闘した。でも数の違いは圧倒的で、ボクたちは見る見る押されていった。それでも退いた方向が良かった。先だっての地震の時にできたばかりの丘の上に追い詰められたボクらは逃げ場を失ったと思ったが、大男さんが足元の石を両手で掴むとどんどん転がし始めた。それは面白いように転がり落ちて、ブラウン族に届くときには危険な飛び道具になっていた。ボクも姉も、仲間たちも真似をして次々と転がした。大きな岩を協力して動かすと、ものすごい土煙を上げて落ちていった。ブラウン族らは悲鳴を上げて逃げ惑った。しかし安心はできない。
 そのときドーンという大太鼓を叩いたような音がして大地が縦に揺れた。一瞬遅れて赤い光と熱波がボクたちを襲った。目と鼻の先にある火山が噴火したのだ。ナマで見たその光景は美しかった。しかし爆発で吹き飛ばされた岩がこちら目がけて飛んでくるのが見えた。逃げなければ! 後ろを見ると何もなかった。文字通り崖っぷちに追い込まれていたのだ。火山がまた炸裂音を轟かせた。ものすごい熱波だ。いけない。ボクは深く考えず、大きな声を上げて崖下に飛び降りた。
 そこからは君の知っているとおりだ──》
 君? つまりぼくのことか。
 映画館の上映が終わるように、映像は消えた。
 ぼくたちのいる場所は、ちょうど崖によって熱波や火山弾から守られていた。ブラウン族はどうなったろう。全滅したろうか。
 姉がそばに寄ってきた。ぼくの腕に手を置いて問いかけてきた。
 ──大丈夫?
 ぼくは「大丈夫だよ」と心の中で答えた。姉にはそれで通じた。
 ──父も無事。義母も義弟たちもいるわ。
 よかった。残念ながら何人かはブラウン族に噛み殺され、何人かは噴煙に巻かれて命を落としたろう。逃げ延びたのは総勢五十人ぐらいだ。
 大男さんが近寄ってきて、ぼくの肩に手を置いた。見れば見るほどタンクさんに似ている。
 ──ここから先は、君が連れていってほしい。
 何だって!? ぼくなんかが? 彼の眼は「そうだ」と言っていた。他の皆も同じ想いを含んだような視線でぼくを見つめていた。
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