− 第65回 −
第五章 溝の帯III 1
 ──痛い……頭がガンガンする……熱い……足の裏から頭の先まで熱くて茹(う)だりそうだ。
 ──涼しくなった──耳元を風が吹き過ぎる──今度は背中が痛い──落ちる──落ちる。
 ドスン。落下感が突然消え、体全体が壁に打ち付けられた──ような気がした。
 ゆっくりと眼を開けてみる。ごろごろとした岩が見えた。頭痛は多少残っているものの、今度は体の節々が痛くなってきた。肘を上げてみた。
 あっ。体毛だ!! ベージュだ……!! また猿人の世界に来てしまったんだ!! 
 痛っ。怪我してる。体の数カ所から血がにじみ出ている。どうしてこんなことに。
 小首を傾げたとき、頭上からガーっという奇声が落ちてきた。見上げると誰かが落ちてくる。ぼくはあわてて背にしていた垂直の壁を離れた。ああ、ここに壁があったのか。
 声の主はドシンと尻餅をついた。やはり猿人で、しかも姉だった。イタタタと顔を顰(しか)めてる。続いて同じように声がいくつも上空から降り注いで、幾人ものベージュ族が頭から、肩から、地面に落下してきた。中には打ち所が悪かったのか、気を失って伸びているのもいる。
 最後は大男さんだった。彼は傷の癒えてない父を担いで、スピードが付かないよう器用に滑り降りてきた。彼が最後尾だったらしい。
 誰も彼も傷を負っている。それぞれ肩で息をしながら、手近の者を介抱している。
 ──みんなボクの後に付いてきたんだ。
 声がした。左右を見回したが声を掛けてきたような者はいない。誰だ?
 ──みんなを引き連れて逃げてきたんだ。
 これは最初のブラウン族との戦いの後で頭の中に響いた声だ。思い出した。これはこの世界のぼく自身の声だ。その瞬間、“記憶”がよみがえった。いや“ボク”が見せてくれたと言うべきか。
《“溝の帯”から姉といっしょに帰ってくると、ブラウン族が我がベージュ族を襲撃してきた。多勢に無勢。まさに絶体絶命だった。そのとき大男さんが木ぎれをたくさん抱えて現れた。ぼくがしたみたいにこれで戦えと仲間に手渡した。その大男さんでさえ木ぎれを振り回すという行為は最初とてもぎこちなかったが、やってる間にだんだん様になってきた。何人ものブラウン族が倒された。ふだんから四本足歩行の仲間たちは木ぎれを手に持つことすらままならず、結局役に立ったのは、ぼくと大男さんと姉ぐらいなものだった。形勢は不利だった──》
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