− 第64回 −
第四章 光の河II 38
 博士の顔は別人のようだった。
「あぁ、すまん……知っててもおかしくないな」
「何を?」
「うむ」博士は寝袋から這い出した。「地溝帯について、本で読んだのかい?」
「チコウタイ?」
「──聞いたことないのか?」
「うん」
「そうか──断層というのは知ってるな。地震で地面が大きくズレた所だ。この断層のとてつもなく大きいのが地溝帯だ。日本にもいっぱいある。たいがいはナントカ地溝帯と名前が付いておる。
 さてわしらのような霊長類に関わる者にとって一番有名な地溝帯ってのは一般的に“大地溝帯”と呼ばれておる」
「ダイチコウタイ?」
「そうだ。それはな、アフリカの東側にあるんだよ。地面をザクリと南北に切り裂いたようにな。そしてそこは『人類の発祥の地』とされておる」
「えっ」現実世界の壮大な話にタケルは驚いた。
「さまざまな説はあるが、数百万年前に大きな地殻変動すなわち地震でもって、この大地溝帯が生まれた。そこには以前から猿人たちが住んでいたらしいが、大地の変動は彼らの住む環境を変えた。地面が盛り上がって山となり気候が変わって、ジャングルだった場所が乾燥して木もあまり生えないサバンナになってしまった。だから猿人たちは木の上から地上に降りて生活するようになり、二本足歩行になったという。猿人から人類へ進化した。それがアフリカの大地溝帯なんだ。
 タケルがさっき言った“溝の帯”とはこの大地溝帯のことで、タケルは知ってて言ったんじゃないかと思ってね」
 そんなこと知るはずがない。昨日図書館で借りた『地球の歴史』も写真や絵しか見てないのに。
 タケルは、博士の真剣そのものの顔を見て怖くなってきた。たかが夢の話じゃないの?
「だって、姉さんはぼくを“溝の帯”の奥深くに連れて行ったんだよ!! そしたら大きな岩に塞がれた穴があって、自分たちベージュ族はその穴の向こうにある地底の世界からやってきたんだって!! ぼくらは平和に暮らしてたのに、地震で天井が崩れてきて、みんな地上へ必死で登ったけど助かったのはひと握りで、本当の母さんは死んで、帰ってきたらブラウン族が全面戦争を仕掛けてきて──!!」タケルは、どうっと床に倒れた。
「タケル!」近寄ってタケルを抱き起こした博士はハッとした。ひどい熱だった。
←次回  トップ  前回→