− 第63回 −
第四章 光の河II 37
 隣室のチンパンジーの一匹がキイと鳴いた。彼らにはさっき、博士がかろうじて取っておいた、なけなしのバナナを与えた。鳥たちには専用の餌をやった。
 祖父ちゃんに連絡しとこう。そう思って携帯をかけようとしたところ“圏外”だった。あのとき、研究所に三人組が入ってきたとき、あわてて切ったままだから、間違いなく心配してるだろう。祖母ちゃんも。母さんは──。
 博士は小型ラジオを持ってきていた。NHKのニュースは、山形に暴風警報が発令されたと言い、明日は風速も降雨量もさらに増すだろうと告げた。
 タケルと博士はそれぞれ寝袋に入ったものの寝付けなかった。とくにタケルは五右衛門風呂の中でうたた寝してしまったので、目が冴えていた。タケルはチンパンジーに餌をやったときから、話そうと考えていたことを切り出した。
「博士、前に話した夢の話、覚えてますか?」
「んー? ……猿人になった夢か?」
「うん──あれからまた続きを見たんです」
「ほお」と博士は寝袋から半身を浮かせた。「それは珍しいことだな。確か前の話では、大きな地震に遭って、小猿を助けて、それでタケル自身も猿人だったということだったな」
 そこでタケルは続きを話した。
 いきなり戦争の真っ直中からスタートしたこと。敵の猿人は茶褐色のブラウン族、自分たちはベージュ族。猿人タケルは体力的に敵側と遜色がなく、近づく敵をどんどん投げ飛ばした。しかし父親が倒れていた。かばうように姉がいた。自分は手頃な棒きれを拾って、これを振り回して敵を撃退した。それまで敵も味方も四足歩行だったのに自分は二本足で立ち、人類史上初めて武器を使った。
「ほう、どうして初めてと分かる?」
「んー、なんとなくそう感じたんです」
 そのあと、傷ついた父親を助けて帰宅する途中でまた大きな地震が起こったこと。地震は至る所で地崩れや地割れを起こし、貴重な食料源である木の実のなる森を飲み込んでしまったこと。それがブラウン族との餌場争いの元になっていること。
「うーむ、夢にしては話が一貫しとるなあ。前にそんな映画か小説を読んだことがあるかね?」
「いいえ、全然」
「ふむ……」
 そして丘の上から見た“溝の帯”は、その幅も深さも以前にも増して──。
「なんじゃと!? いま何と言うた!?」
 博士はバネ仕掛けのように勢いよく飛び起きた。
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