− 第62回 −
第四章 光の河II 36
 このログハウスは台風にも地震にもビクともせんと博士は断言した。見捨てられてかなりの年月が経っていたのを発見し、博士自ら、密かに補修したのだという。こんな悪天候の日に居ることになろうとは思わなんだが、どうだ隙間風も入って来んだろうと博士は自慢げに髭を撫でた。
 それでも外のゴーッという風音は間断なく響いてくる。動物たちも怯えている。後で久しぶりに餌をやろう。タケルの体は半乾きだったが悪寒が取れたので、新しいTシャツに着替えて、博士の手伝いをしに表に出た。
 窓はすべて表側から板が打ち付けられていた。台風の進路予測を聞いて、昼間のうちにやってしまったという。タケルは博士が転がしてきたドラム缶を玄関口から運び込むのを手伝った。
「五右衛門風呂は、タケルも知らんだろう」
 じつは博士は温泉大好き人間だ。山形には温泉が多く、秘湯も少なくない。昨年の夏には博士が発見した秘湯に連れていってもらったりもした。博士は温泉の効用が好きなのか、発見するのが好きなのか、以前尋ねてみたことがある。すると「単に体がほっかほっかするのが好きなだけだ」との返事だった。そんなわけで自宅にいるときも風呂は欠かさない。この日も片方の開いたドラム缶を無理して運んでまで湯船に浸かりたかったのは、そんな理由からだ。
 もちろんタケルに否やはない。
 ふたりは交代で即席の五右衛門風呂に入った。ドラム缶の底の足元に敷く簀の子や、体が直接熱い部分に着かないように入れた板壁も、博士はアッという間に拵えてタケルを驚かせた。
 ログハウスの玄関は吹き抜けになっているため、湯気は部屋に充満することはなかった。タケルは疲れと心地よさに、湯の中でうたた寝した。
「のぼせるぞー」
 博士の声でタケルは目が覚めた。しかし少しでも眠れたおかげで疲れがふっとんだ気がした。
 食事は質素だった。タケルが研究所に来る途中で買ったスナックパンしかなかったからだ。それをタケルと博士は半分こにした。天気がよければ近くに美味しい木の実があったんだがと博士は残念がった。タケルが今日までのことを訊ねると、
「ほとんど山の中におったよ。あいつらは異様に熱心にわしを探しとるからな。タケルの祖父ちゃんに電話したときも、やっとスキをついた形だった。それでも途中で見つかって追いかけられたがね。やつらはわしが山に隠れとることは薄々気づいとるようだ。追っつけここにもやって来よう」
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