− 第61回 −
第四章 光の河II 35
 鋼鉄製の重々しい扉だ。映画で観た潜水艦の中の扉に似ている
「ここ数日は、ここから出入りしとったんだ。ほとんど使ったことがなくてな。外側が錆びついとるので力が要る」
 博士は大きな取っ手をエイッという掛け声とともに回した。そして体重をかけて押した。ゴゴゴという軋(きし)み音がして扉は開いた。
「うわあ」
 タケルが喚声をあげたのは、外の風景に対してだった。太陽のわずかな残光に照らされて見えたのは、暴風雨に激しくなぶられる木々、そして大きく波立つ池。台風が本格的に接近していることを如実に物語っていた。
「半端じゃないな! これは!」
 博士が怒鳴った。外の空気に触れたとたん、気圧の変化でふたりの耳は聞こえにくくなった。
「グズグズしとれん、タケル行くぞ!」
「はいっ」
 ふたりは着込んだレインコートを吹き飛ばされないよう、しっかり両手で押さえながら外に出た。そこは池をめぐる道をちょっと外れた場所で、出入口は斜面の中腹に穿(うが)たれていた。
 目を開けているのがツラい。博士とタケルは協力して重たい扉を閉めた。博士はタケルに手招きしながら林の中へと入っていった。タケルも遅れじと後を追った。

 陽が暮れると、月明かりもない山の中を歩くのは困難を極めた。枝に足を引っかけて転けたり、濡れた草むらに足を取られて数メートルも斜面を滑り落ちたりで、ふたりは全身泥まみれになり、ずぶ濡れになった。それでも博士は要所要所の枝に目印をくくりつけてあったらしく、懐中電灯を片手に迷わず進み続けた。目的地の山小屋に到着した時には、出発から二時間が経過していた。
 それはずいぶん昔に見捨てられた小さなログハウスだった。ふたりは中に転がり込むと、疲労と安心感から床に大の字になって、しばらく立ち上がれなかった。やがて博士はむっくりと起きあがり、達磨ストーブに薪をくべて火を入れた。
「あとで風呂を入れてやるから、ひとまずここで濡れた体を乾かすといい」
 タケルは言われるままに服を脱いだ。靴の中もぐしょぐしょだった。大事な本はしっかり梱包してあったので無事だった。
 ようやく落ち着いて小屋の中を見回すと、檻に入った動物たちが隣室にいるのを発見した。
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