− 第60回 −
第四章 光の河II 34
「準備が済み次第、出発するから、もう少し待っててくれな」博士はそう言うと、棚からロープや小型スコップなどを降ろし、小さくまとめる作業を始めた。タケルは背負ったままだったリュックからスポーツドリンクを取り出して飲んだ。さいわい、ドリンクもパンも潰れていなかった。
「出発って、どこ行くんですか?」
「うん、わしがいま使ってる隠れ家だ。ちょっと歩くぞ」
「遠いんですか」
「小一時間はかかろうな」
 タケルは疲れ切っていたが、口に出さなかった。なぜなら博士も元気な声に反して、かなりやつれて見えたから。
「あいつらに発見される恐れがあるんで、表の道は歩けん。裏道を行くから足元に気をつけてな」
「敵は三人だけじゃないんですね」
「うむ、手下が大勢いる。そいつらが町中を網の目のように見張って、わしを探しておったんだ。素手なら三人や四人など物の数じゃないが、あいつら武器を持っとるし加減を知らんから怖い。警察に助けを求めたところで『証拠がない』と突っぱねられるのがオチだ。それに──」
「それに?」
 博士は手を休めてため息をついた。
「上にいた三人の中に猫背がおったろう?」
「ぼくを羽交い締めにした──」
「そいつはここの警察署長の息子だ。風采の上がらんとこまでそっくりのな」
 タケルは絶句した。それじゃ犬猿の仲の署長が博士を助けるなんて、絶対あり得ない!!
「署長が息子の所業を知ってるかどうかは知らんが、ヘタすりゃ警察からあいつらに“通報”されてしまうわ。……はあ、どうなっとんのかね、この町は」またひとつため息をつくと、博士はどっこいせと立ち上がり、隅っこの机の上にある何かのスイッチをオフにした。
「それは?」
「上の大騒ぎのスイッチを切ったんだ。あいつらを一泡吹かせてやろうと、前々から用意してたんだが、タケルを助けるのに役立って良かったよ。小型地震発生装置、家の各所に設置したスピーカー、それに山で捕まえてきたコウモリたちだ。動物を使うのは気が引けたが、場合が場合だけにな。おかげでわしの着ぐるみもバレんかったわ。はっはっはー」
 豪快に笑うと、キャスター付きの書棚を動かした。その向こうの壁に新たな扉が出現した。
←次回  トップ  前回→