− 第59回 −
第四章 光の河II 33
「博士ーーーっ」
 タケルは抱きついた。博士も羽根を広げてタケルを抱きすくめた。タケルの体が羽毛の着ぐるみにすっぽりと埋もれてしまった。
「久しぶりだなあ、タケル、はっはっは」
 ふたりの周囲ではコウモリが飛び続け、不気味な音も鳴り続けている。
「さあ、一刻の猶予もならん。逃げるぞ」
「はいっ」
 博士はテーブルをどけた。そこにはぽっかりと穴が開いていた。地下室へ降りる入口だ。なぜこんなところにあるのか理解に苦しむが、地下への階段が続いている。
 タケルが先に降り、博士は後から蓋を閉めて降りてきた。騒音がピタリと聞こえなくなった。
 降りきると、そこには白壁に囲まれた十畳ほどの空間があった。少々カビくさい。タケルは以前、博士の荷物整理を手伝ったときに一度だけここに入ったことがある。段ボール箱がいくつかとアングルで組んだ棚、自転車などが置いてあるだけだ。
「博士はずっとここに隠れてたの」
「ははは、まさかな。トイレもないここじゃ無理だ」話しながら博士はカラスの着ぐるみを脱いで、クローゼットに掛けた。そこには他に何着もの着ぐるみが整然と掛けられていた。
「奴ら、すぐには戻って来ないだろうが、仲間を連れてきたら見つからんとも限らん」
「あいつら何者なんですか?」
「暴走族の真似事しとる、ただの高校生だよ」
「高校生なの!?」
 小学生のタケルは、やたら大人びて見えたが。
 博士は必要なものをリュックに詰めながら言葉を続けた。「一昨日だった。夜、突然あいつらがやって来た。何の用だと訊ねても一向にわしなぞ目に入らない様子だった。そして『いい場所だ』なぞと言いつつ、持ってきた鉄パイプを振り回し始めたんだ。手下がわしを捕まえようとしたが、間一髪、この地下室へ逃れたんだ。
 もっとも以前から兆候はあった。使いっぱしりみたいなのがちょくちょくこの辺りをウロウロしとったんでな。危険を感じて動物たちは他に移しておいた。それでも一昨日の襲撃は予測しとらんかったよ。あわてとったので財布しか身につけておらず、携帯電話は置き忘れてしまった」
 タケルは、電話に連中が出たことを話した。
「そうか、それで心配してわざわざ来てくれたのか。──済まんかったな」
 博士は心からうれしそうにタケルの顔を見た。
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