− 第56回 −
第四章 光の河II 30
 タケルは自分の名前を言い当てられてギクッとした。──ぼくなんかの名前を……。
「どうして知ってんだよぉ、サユリぃ」
「アタイはね、一度見た美形は忘れっこないの」
 サユリは得意げに腰を振って微笑んだ。
「おい小僧、安心しな。そいつはオカマ言葉しゃべってるが、正真正銘の男だからよ」とボス格。
「よけい心配だっちゅーの!」と猫背の男。
「こら、ムネオ! 失礼しちゃうわね!」サユリは巨体を揺すりながら指をボキボキ鳴らした。
「やめろ」とボス格が口をはさんだ。「こいつの名前が“ヤマト”ってのは間違いないんだな?」
「もちろんよ。しかもあなたもよく知ってる」
「なんだと?」
「フルネームは“大和武”。キョウスケのお父上の元部下のひとり息子よ」
「な、なにい!?」ボス格が叫んだ。
 これにはタケルも驚いた。このボスがタケルの父武彦の──上司の──息子だという。キョウスケと呼ばれた彼も少なからず動揺しているらしい。
「──て、て、てことは、あのダム汚職の犯人の息子か?」
 その言葉にタケルは反応した。
「違う! 父さんは犯人じゃない!」
 叫びながら暴れたが、タケルの力では羽交い締めにしているムネオの腕はビクともしなかった。
「ほぉ〜らね」サユリはフフンと鼻を鳴らした。
「──そうかあ、お前があの事件のねえ」とキョウスケはタケルに顔を近づけた。
「俺もお前の親父の面ァ、よっく覚えてるぜ。なんせ犯人のくせに、毎日テレビに映ってたからなあ」彼は中腰になってタケルの頬を突いた。「確かによく似てらあ」
「このコも自分家(ち)の前でチラッと映っただけでしたけど、アタイの眼は見逃さなかったわ」
 キョウスケはおもむろに立ち上がり、タバコの煙を天井に向けて吐き出した。
「その息子が何だってココにいるんだ?」
「そうよね、住んでた家をキョウスケのお父上に奪われて、確か遠くに引っ越したんだものね」
「奪われて、って聞き捨てならねえな。あそこは元々ウチの土地だ」
 ウチの土地?
「あらこのコ驚いてるみたいね。そうよー、彼の名前は波多野京介、今や県議会議員候補、波多野守の末っ子よ」
 言われてみれば、長い顔など瓜二つだ。
 外はますます暗く、雨は激しさを増していた。
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