− 第52回 −
第四章 光の河II 26
 でも──とタケルは思う。『スーパーハタノ』を離れ、再び、池沿いの道に降りてきた。誰もいない所で水面を見ながらスポーツドリンクを一口飲むと、ちょっとだけ冷静になることができた。
 ──でも、どういうことなんだろう。父を叩いたマスコミが、今度は波多野おじさんが悪いという。父さんは濡れ衣を着せられたという。父さんは心労がたたって……それじゃあ……。
 ──それじゃ父さんは殺されたようなもんじゃないか! 殺された……。
 タケルの体はガタガタと震えていた。ひとりでこんな所にいるのが急に怖くなったのだ。

 水滴が池の水面に小さな波紋を描き始めた。雨が降り始めたのだ。風も強くなってきた。視線を上げると、早くも遠景が煙り始めている。
 タケルはリュックからレインコートを取り出して着た。今朝かぶった雨の湿り気が残っていた。
 とにかく今は、博士のところに行かないと。
 ──マスコミは悪だと今でも信じてる。でもタンクさんたちは別のようだ。少なくとも父さんの事件がおかしいと感じて取材に来ているんだ。今度会ったらもっといろいろ聞いてみたい。
 タケルは池沿いの道を別方向に歩いた。十分ばかり歩いたろうか。頃合いだと思って道のない斜面を登った。濡れた草で何度か滑ったがようやく上までたどり着くと、そこはピタリ、博士の研究所の裏庭だった。
 ちゃんとあった。タケルは泣きそうになった。もしこの研究所まで消えてしまってたらどうしようかと道々不安だったのだ。
 さらに近づいた。研究所の裏口が見える。ふとタケルは首を傾げた。窓ガラスが何枚か割れている。いくら博士が奇人とはいえ、そういうところは神経質で、すぐに換えるはずだ。ほとんどが磨りガラスなので中を覗き見ることはできない。
 タケルはさらに歩を進め、裏口のドアに到着した。足下でジャリッという音がした。かがんで見るとガラスの破片。ということはドアのガラスは内側から割れた……?
 タケルの背丈ではそこから中を覗くことはできない。ドアの回転ノブに手を掛けて、グルッと回し、手前に引いてみた。ドアは開いた。
 なんとなく尋常ではない雰囲気を感じていたので、声を出さずに、中に首だけ突っ込んだ。耳をそばだてる。物音ひとつしない。ただ雨音と、どこかの割れた窓から吹き込む風がピューッと笛のように鳴っているだけだ。
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