![]() − 第51回 − 第四章 光の河II 25 |
駅から歩き通しで、蓄積した疲れがタケルの足を棒のようにしていた。それでも足を選挙事務所に近づけないではいられなかった。 ──『波多野さんは偉いよ。まだまだ学ぶ点が多い』と父さんは言ってた。 ──波多野さんはぼくの前で『父さんがいなかったら私は何もできない』と言ってた。 ──波多野さんが父さんを騙(だま)した? タケルは少しずつ怒りがこみ上げてくるのを感じた。階段の下まで来た。あの二階にいま波多野さんがいるんだ。行って問いつめてやろうか! その時、大きな声が近づいてくるのに気づいた。拡声器を使った声のようだ。やがて声の発信源である車が駐車場に入ってきた。 「はたの守、はたの守をよろしくお願いします」 外宣カーだ。それが駐車場をぐるっと回って事務所の方に近づいてきた。まるでタケルに襲いかかろうとするかのように。タケルはあわてて周囲を見渡し、階段裏に積んであったビールケースの陰に飛び込んだ。 頭上の引き戸が開く音がして、何人か降りてくる足音がした。タケルは首をすくめた。外宣カーからは五、六人の男女が降りてきて、階段の両脇に整列した。みんな白い手袋をはめている。そして降りてきた人物を迎えるように、彼らはその手で、拍手し始めた。ということは──。 「先生、ご苦労様です」 「先生、よろしくお願いします」 白手袋の声に応えるように右手を挙げた後ろ姿は、まぎれもない波多野守その人である。 「それじゃあ頼むよ」 彼はそう言って車に乗り込んだ。後部座席に座ると、やはり白手袋をはめようとしている。その姿をタケルの眼は捉えた。少し太ったようで、以前にも増して貫禄が付いている。眼鏡の奥の眼が鋭く光った。あんな眼をする人だったのか──。 「いってらっしゃいませ」 見送りの声とともに外宣カーは発進した。駐車場から出るや再び「よろしく〜」が始まった。 タケルはしばらく待ち、事務所の人間たちがその場からいなくなったのを確認してから出てきた。 ──ぼくの家が消えて、波多野おじさんのスーパーができた。父さんが亡くなって、おじさんは太った。あの時マスコミは父さんをいじめて、おじさんを偉いと言った。タケルは辞書を引いて知っている。こういうのを理不尽というんだ。 ──みんな嫌いだ。マスコミも嫌いだ。この世界は敵でいっぱいだ。 |
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