![]() − 第50回 − 第四章 光の河II 24 |
タケルは呼吸が詰まりそうになった。それでも背中を車の後部ドアに貼り付けたまま、車内の声に耳をそばだてていた。 「ファインダ越しに見ててもそんな悪い人間には見えなかったスけどねえ」これはホーダイだ。 「刑事ドラマなら、絶対に犯人役には使えねえな、あの面(つら)ァ。どっちかっつーと、息子を誘拐されて身代金要求される社長ってタイプだな」 「選挙ポスターに印刷されてるまんまスもんね」 「まったく想像できねえぜ──。あのスマイルで地元出身の代議士を踊らせて、関係省庁の役人どもをその気にさせ、おのれの銀行の金を豪快に動かしたんだからな」 「そいじゃ、大和武彦は無実なんスか?」 タケルは緊張が最高潮に達した。 「さぁてそこがハッキリしねえ──。写真を見る限りじゃこちらも実直そうな顔してるがな。ただいかんせん二枚目だった。マスコミが喜んで飛びついたのもわからんでもないわな」 『そんなことはない! 父さんは無実だ!』タケルは立ち上がって声高らかに叫んでやりたかった。しかし、そのときエンジンがかけられたので機を逸した。 「まあ今日のところはこれぐらいにしとこう」 タンクは吐き捨てるように言うと、慣れないレンタカーのせいだろう、上手いとはいえないハンドルさばきで駐車場を出ていった。 タケルはしゃがんだまま、駐車場のアスファルトをしばらく見つめていた。 父が亡くなってから、タケルは事件のことを考えたことがなかった。避けていた。もともと詳しいことは何一つ教えられていなかった。祖父も祖母も日常生活の中でその話題には一切触れなかったし、タケルも訊かなかった。ニュースも新聞ももちろん見なかった。警察署で最後に父と面会した日に「潔白」であることを確信したから、タケルの中ではそれで解決していたのだ。真犯人は誰かなんてどうでもいい。そんなことがわかっても父は帰ってこない。母だって元には戻らない。 ──でも今、タンクの話を聞いてしまったタケルの心は激しく動揺していた。真犯人の存在というのが血肉を持って、頭の中にむくむくと湧いてきたのだ。 改めてタケルはプレハブ建築を見上げた。何枚もの選挙ポスターが貼られていた。写っている顔はよく知っている。これが真犯人だというのか。「波多野守」が。波多野のおじさんが──。 |
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