− 第46回 −
第四章 光の河II 20
 宇都宮を過ぎ、郡山を過ぎた頃には、タケルはタンクこと丹内氏の話術にすっかり引き込まれていた。タケルは名前を聞かれたが、なんとなく気が引けたので、母の名字を借りて「桜井タケル」と名乗り、「米沢の親戚に会いに行く」と話した。
 タンクは仕事であった面白いエピソードなどを披露した。インタビューの時、相手によっては、怒らせて本音をしゃべらせる荒技があるという話には驚かされた。大人がわざと喧嘩を売るなんて。
「喧嘩じゃないよ。人間って本気で怒ったり、心から泣いてる時ってのは、嘘つかないからね」
 じゃ、京都で乗り合わせたおばさんのキレた理由は何だったんだろう? タケルは話してみた。
「なるほどなー。ニコニコしてたのがいきなり豹変ってか──そりゃ多分こういうことだね」
 タケルは身を乗り出した。
「おばさんは愛想よく話しかけたから、君も同じように、にこやか〜に話に乗ってきてくれるだろうと期待してたんだな。ところが君は断った」
「うん」
「君としては丁寧に断ったつもりだったろうけど、おばさんの予想を裏切っちゃったんだね」
「うーん」
「人にはね、予想と違う結果が出ると、結果を出した方が、おかしい、間違ってると思い込む人がいるんだよ。あんまりな話だけどね。俺がインタビューしててもよくいるよ、そういう人。まあ、予想が外れていい気分の人なんていやしないか」
 タケルは必死で理解しようと頭を働かせた。
「──じゃあ、タンクさんはいろんな人と会って話すのがお仕事だけど、相手が予想してなかった態度に出た時はどうするの?」
「それは、賢い大人だったらそんな時どう応対するのかって質問だな」
「あ、うーん、そうなのかな」
「ははは。なかなか鋭い質問をするね」とタンクは少し居住まいを正した。「その答えは──君のすぐ前にある!」と前方の宙を強く指さした。
「は……?」
「カカカカカ、煙(けむ)に巻いちまったかな。許しておくれ。32歳にもなって俺ってワルよのー」
 タケルはもう目を白黒させるしかなかった。でもどことなくタンクには誠実さが感じられた。決して悪い気はしない。
「予想外っちゃ、あいつなんか予想外の固まりだよ」見ると、ホーダイが座席に横になって眠っていた。大事なカメラケースは両足を乗せられて、今にも座席からズリ落ちそうだった。
←次回  トップ  前回→