− 第44回 −
第四章 光の河II 18
 しとしとと垂れる雨粒が窓についたホコリを落としていく。本から顔を上げたタケルは、あの日、学校の駐車場で見た井沢美代子先生を思いだした。先生の眼からも雨粒が落ちていたように見えた。
ずいぶん前のことのように思うけど、まだ昨日のことなんだ。先生、どうしてるだろう──。
 ヌッと雨粒に“眼”が生えた。タケルは髪の毛が逆立つほど驚いた。その眼がタケルをギョロリと睨むと「おい、この辺だぞ」と声をあげ、昇降口の方へと移動していった。
 やがて“眼”の正体が車輌に乗り込んできた。
当然、妖怪ではなく人間だった。それでもタケルには妖怪であった場合より何倍も驚いた。
「大男さんっ──」
 そう、彼はあの夢に出てきた猿人の大男だったのだ。図体の大きさも顔かたちも瓜二つ。服を脱がせて前屈みにすれば一丁上がりだ。
「あぁこの席だ。早く来いよ!」
 人間の大男は通路を振り向いて声を上げた。連れがいるらしい。
「待ってくださいよぉ。荷物が引っかかって」
 連れ合いは何やら黒くて大きな箱を肩から提げている。それを人にぶつけては謝っている。
「こら、そんなに頭下げてると、他の人に当たるだろうが……あぁ、もう見てらんねえぜ」
 大男はもたつく連れに構わず、ドカと座席に腰掛けた。通路をはさんでタケルと反対側だ。見つめていたタケルの眼が彼の眼と合った。あわててタケルは正面を向き、顔を伏せて本を読んでるフリをした。新幹線はすでに大宮駅を発車している。
「タンクさーん、半分持ってくれたっていいじゃないスかー。危うく乗り遅れるとこだったしー」
 連れがようやく大男の席までやってきた。まだハアハアと荒い息が治まらないようだ。
「おめえがアレもコレもって、レンズをしこたま持って来るのが悪いんじゃねえか。おつむが軽薄なら荷物も軽くしろってんだ」
「ほんっと、クチ悪いスねえ相変わらず。だいたいこんな天気の悪い日に取材なんて、カメラ濡れたらどうするんスかあ」
「文句言いたきゃ相手に言いな。いろんなツテに頼って、やっとこさゲットしたアポだ。こっちが病気だろうが、全身ブツブツができて痒(かゆ)くてたまんなかろうが──」
「うわっ、気色わりい」
「うるせえ、ホーダイ! 明日世界が終わっちまおうが、行く時ゃ行くのよ。それがマスコミ界の渡世人ってもんだ」
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