![]() − 第43回 − 第四章 光の河II 17 |
「博士に言(ゆ)うといたぞ」祖父は続けた。「タケルがそちらに向かっています、て。そしたらエラい驚いてはったわ」 そうだった。安心するのはまだ早い。 「博士は、いまどこにいるって?」 「ちゃんと自宅の研究所にいるらしいで」 ホッ。なんだ、何も心配することないのか? 「そやけど『研究所…』て言いかけて切れてしもたわ。タケルの携帯番号、伝える暇もなかった」 小銭、用意してなかったのかな? 「──とりあえず博士には何もタケルの心配するような事はないみたいや。どないする?」 「どないするって?」 「米沢まで行かんと、帰ってきてもええんちゃうか、わざわざ、その……」 『イヤなことを思い出しに行くようなもの』は祖父ちゃんの口ぐせだ。祖母ちゃんが、お世話になった人だけでも御挨拶しとかんと、と言うたび、顔を真っ赤にして言うんだ──。 「うん。でもね、もう山形行きに乗っちゃった」 「そうかぁ、もぉそんなとこまで行っとるんか」 「それに帰りの電車賃もないし……」 「な、なに」祖父ちゃん本気で仰天してるらしい。 「タケル、おまえ本を買いすぎや。あんなに貯金ある言うとったのに……」 「ごめんなさい」 「ええい、どちゃらにしろすぐには帰れんのやな。うーん……しゃあない、今夜は博士の所に泊まらせてもらいなさい。わしは今日どないしても外せん用事があるよって、また夜にでも電話するわ。今度はちゃんと出なあかんで」 「わかった」祖父ちゃんは、ふだんは標準語を話すのに、興奮するとベタベタの関西弁に変わってしまうからおかしい。 通話を終えたタケルは、リュックを持って立ち上がり、客車の中へ入っていった。乗客は座席の半分ぐらいの数がいた。タケルの席は東京までとは反対に、左側の窓側だ。ドカッと座り込んだら急に甘いものがほしくなった。リュックを開けてチョコレートを取り出し、銀紙を剥がすのももどかしくガブッと齧(かじ)り付いた。 食べながら車窓の風景を眺める。少しずつ建物が減ってる。だんだん東京から離れてるんだなぁ。 半分食べたチョコをしまい、文庫本を取り出した。自分の小遣いで買ったクラークの『幼年期の終わり』だ。難しい内容なのでまだ少ししか読んでない。タケルは安心した反動で読書に没頭した。 新幹線は大宮に着いた。 |
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