− 第42回 −
第四章 光の河II 16
 東京発山形行き新幹線つばさ一○七号は、9時36分発。米沢までは2時間ほどだから午前中に到着してしまう。意外に近い。一大旅行をイメージしていたのに拍子抜けだ。タケルは待合室に座って、つばさの車体に走る緑のラインを見つめていた。
 あと5分で発車だ。タケルは立ち上がって待合室を出ようとした。そのとき見覚えのある影が階段を駆け上がってきた。うわ、キレ屋のおばさんだ、こっちに来る! タケルはあわてて後ずさりし、自動ドアを閉じた。おばさんは両手にお弁当とお茶を持って、目の前をちゃかちゃか通り過ぎ、つばさに乗り込んでいった。よかった、違う車両だった。
 出発の合図が響き渡ったのでタケルはあわてず乗り込んだ。さあ今度降りるのはいよいよ米沢だ。何にもいい想い出のない米沢だ。博士は別にして。
 博士……どこにいるの……。
 リュックが震えているの気がつき、昇降口のそばでリュックを背中から下ろして中を開いた。携帯のバイブが鳴っていたのだ。着信に「じいちゃん」と出ている。タケルは受話ボタンを押した。
「もしもし、祖父ちゃん」
「おぉ、タケル、心配しとったぞ。朝から何遍(なんべん)かけても通じへんし、書き置きに『米沢行きます』しか書いとらんし」
 バイブモードにしたまま、リュックの底に放り込んでおいたから気づかなかったのだ。
「ごめんなさい。ぼくは大丈夫だよ。いま東京駅を出たところ」
「そうは言うてものう……おまえひとりで新幹線に乗れたんか?」
「うん、簡単だったよ」
「それやったらええけど……いや良(よ)ぉない。急に家出したりして、祖母ちゃんも心配しとるぞ」
「──ごめんなさい」
「いや……もう謝らんでもええ──」
 車窓を、雨に濡れた町の風景が流れていく。
「あのね、家出じゃないんだ。じつは──」
「博士か?」
「──どうして知ってるの?」タケルは咳き込むように尋ねた。
「さっき電話があったんや。なんやあわててたみたいやけど。携帯なくしたんで公衆電話からかけてる言うてたな。タケルの携帯番号覚えとらんし、心配してるかもしれんちゅうて、な」
 博士は無事だったんだ! タケルは安堵の溜息(ためいき)と共に、通路に座り込んだ。
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