− 第41回 −
第四章 光の河II 15
 タケルと博士は夜が更けるまで語り合った。
 このささやかなひとときは、タケルにとって忘れられないものになった。米沢時代を締めくくる最後の想い出として。

 線香の煙が細長い布のように、暗い部屋の中をたなびいている。目の前には白い布をかぶった父が横たわっていた。
《武彦さんがお亡くなりになりました》
 連絡を受けたのは朝まだ早い時間だった。
 今朝方、病院から帰宅したばかりの祖父は、受話器を置くとタケルを起こして警察へ向かった。
「仕事で体を酷使していた上、逮捕されたことで心労が重なったのでしょう」。医者の説明はたんたんとしていた。布をめくると、鼻筋の通った父の顔は今にも目を開き、笑いかけてくれそうだ。昨日、面会室で最後に見せてくれたように。
 長年、波多野支店長に取られていた父をようやく取り戻せたと思ったのに、今度は永遠に奪われてしまった。
 ──“光の河”は父さんをどこへ導いたの? 
 ──“光の河”は父さんを救えなかったの?

 新幹線は東京駅に滑り込んだ。タケルはリュックを背負って立ち上がった。リュックの中には帽子とTシャツと下着が数枚、文庫本一冊、買い置きのチョコレートが一枚入っているだけだ。
 ホームに降りるとき、あのキレ屋の恐いおばさんに会わないよう十分気をつけた。
 乗り継ぎ時間は三十分あった。ホームから乗客の姿が消えるまで待ち、ゆっくりと歩き出した。階段を下りて東北新幹線のホームへと向かう。
 帰省するのだろう、何組かの家族連れを見かけた。タケルぐらいの年齢の男の子をはさんで父親と母親がベンチに座り、仲良くサンドイッチを食べている風景もあった。タケルはリュックから野球帽を取り出し、周りが見えないよう深々とかぶった。

 父が亡くなって、タケルにはますます夢と現実の区別がつかなくなった。このまま米沢で暮らしていくのは無理と判断した祖父は、タケルと母を実家に引き取ることに決めた。
 祖父は五年前まで京都の工業高専で教鞭をとっていた。その祖父が難儀していると聞き、運送会社に勤める教え子が、母の移送も含め、引っ越し作業を安価で快く引き受けてくれた。
 こうしてタケルは生まれ故郷を後にした。
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