− 第40回 −
第四章 光の河II 14
 病院を抜け出した母は、家の前で待ち受けていたマスコミや住民たちの心ない出迎えを受け、再び傷ついた。救急車が到着し、鎮静剤を打たれた母は再び病院へと移送されて行った。
 タケルは知らなかったが、当時は他にめぼしい事件がなかったこともあり『山形ダム疑獄』は各メディアを日々大々的に彩っていた。しかしながら関係する省庁や代議士らはうまく立ち回ってマスコミの攻撃を躱(かわ)したため、人々の興味は父の銀行に、いきおい父武彦に集中した。なにより米沢市の中でも一等地に豪邸を構え、エリート、さらにはカメラ映(ば)えするハンサムということで、格好のターゲットにされたのだ。銀行側は一切が武彦の独断でやったことであり、全く関知しないことであると逃げた。その後も預金者が県民であった場合は特別に金利を倍増するという“誠意”が通じたのか、一切合切が武彦のやったことであり、武彦は神をも恐れぬ犯罪者であると決めつけられてしまった。もちろん武彦に対する嫉妬もあったろう。警察にもそんな印象や憶測が蔓延し、武彦の状況は楽観視できないものだった。
 タケルが不憫(ふびん)な祖父は、何も教えなかった。

 病院には祖父が付き添ったが、タケルは家にひとり残った。疲労が限界に来ていたのだ。
 携帯が着信を知らせた。また良くない知らせかとしぶしぶ取り上げると、新出博士だった。
「よぉい、タケル、家にいるならお邪魔するぞ」
 玄関の戸を開けると、携帯で話しながらマスコミの間を威風堂々歩いてくる博士が見えた。両手に持った紙包みは食料でいっぱいだった。
「それにほら、クリスマスケーキだ」とテーブルに置かれたそれには、博士に似たサンタが砂糖菓子の天辺でふんぞり返っていた。そういえば今年はクリスマスどころじゃなく過ごしてしまった。博士はわざわざケーキ屋さんに作らせたんだ。
「ありがとう、博士」
「なに、いいってことよ。さぁ一緒に食べよう」
「──ぼくあんまりお腹すいてないんだけど」
「何を言うか若者が。ケーキやお菓子は別腹(べつばら)というじゃないか。どんなときでも美味しいのがケーキだ。食べてみぃ」とタケルに勧めた。
「そうだ、ひとついいことを教えてやろう」
「なんですか?」
「別腹とベルばらは似とるが、ベルばらは『ベルサイユのばら』だ。じゃあ別腹は?」
「うーん、わかんない」
「別サイズの腹じゃ、わっははははは」
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