− 第38回 −
第四章 光の河II 12
 面会に与えられた時間は短かった。そのほとんどは、急を要する手続きや事務連絡の話に費やされ、タケルは祖父の隣に座って、ただ父の落ち着かない指先を見ているだけだった。
 やがて立会人から終わりですと告げられ、ふたりは立ち上がった。父も大儀そうに腰を上げた。その時、父はつとタケルに視線を投げかけた。
「“光の河”を覚えてるか?」
「──うん」タケルは答えた。
「いい子だ…。父さんは“光の河”を歩いていくよ。だから安心して待ってなさい」
「──わかった」
 父はタケルと祖父が部屋を出ていくまで見送っていた。ドアが閉まる直前、タケルには父が笑ったように見えた──。

 警察署の玄関を出ると、急にお腹が鳴った。ふたりは表通りに出て、目に止まったファミレスに入って昼食をとった。祖父はお茶漬けだったが、タケルはしっかりとハンバーグランチを食べた。
「父さんが言ってた“光の河”って何だい?」
 祖父の問いにタケルは思い出しつつ説明した。
 それは父が学生時代に、貧乏旅行でアフリカへ渡ったときの話だった。ある村から別の村に行こうとオンボロバスに乗り、途中で目的地らしい停留所で降りた。父は英語で何度も「ここでいいのか?」と運転手に問い質したのだが、わかっているのかいないのか運転手はイエスイエスと言うばかり。バスは走り去ってひとり残され、歩き出したが、どこまで行ってもデコボコの大地と薮しか目に入らない。村どころか人の姿も家もない。すでに陽はとっぷりと暮れ、動物の遠吠えさえ聞こえてくる始末。ヤバいと思ったもののどうしようもない。ええい今夜は野宿だ。そう諦めようとしたとき、まわりが明るくなった。なんだ?とビックリしながら辺りを見回すと、視界の隅を光が飛び去っていった。もしやUFOかと消えた方向を見つめていると、また別の方向から光が現れた。それは流れ星だった。いくつもの流れ星が天空をヒューンと飛んでいくのだ。シャワーのように広がる流れかたではなく、細い川のようであたかも進むべき方向を指し示すようだったという。父は再び荷物を担いで歩き出し、1時間後にようやく村に到着したのだという。その話を村ですると、このあたりの古い言い伝えに『行い正しきものは光に導かれる』とあると教えられたという──。
 「父さんは、間違ったことはしていない、そう伝えたかったんだな」祖父は言った。
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