− 第37回 −
第四章 光の河II 11
 翌日、医者の往診を受けた母は心神耗弱(しんしんこうじゃく)の疑いがあると診断された。急遽入院の必要があると告げられ、大きなサイレンを鳴らしながら玄関に乗り付けた救急車は母を乗せるや、朝から家の周りをたむろしていた主婦連をかき分け、再び大きなサイレンを鳴らしながら母を連れ去った。
 タケルは祖父とタクシーで後を追った。出がけに浴びた主婦連の罵声にあてられ、さらに寝不足も重なって頭の芯が熱くジンジンしていた。
 祖父が昨夜、徹夜で家の周囲を見回っていた警官から聞いた話だと、父が逮捕された当日、母はニュースを銀行で聞き、そのまま警察署に乗り込んだという。警官の制止も聞かずに大声で父を捜し回り、会わせることはできないと最後は外へ放り出されたという。又聞きしたタケルには信じられないほどの大立ち回りだった。
 病院に到着したとき、すでに母は新しいお仕着せに着替えさせられ、個室で静かに眠っていた。

「タケル、父さんに会いに行くぞ」
 受話器を置いた祖父がタケルに言った。警察から連絡があったのだ。面会できると。
 あれから三日が過ぎていた。大晦日まであと数日というこの日、山形は大雪となった。もこもこのダウンジャケットを着たタケルと祖父は警察署に向かうべくタクシーに乗り込んだ。さすがに誰にも会わず、庭に投げ込まれた石やゴミなどは、白いベールの下に隠れていた。

 父との面会は警察署の地下にある部屋で行われた。父はたった三日で見るも無惨に窶(やつ)れていた。いやタケルが最後に見た日からは一週間以上経っていた。こんなに髪が白かったろうか。
 アクリルの衝立の向こうに着席するなり、父は深々と頭を下げた。
「お義父さん、すみません。お騒がせしてしまいまして……」そしてタケルの顔をチラッと見ると「すまない、タケル」とまた頭を下げた。
 祖父は最初の疑問をぶつけた。「どうして謝るのかね。まさかニュースで報道されてることは全部本当なのかね?」
「いえ──すみません、事件のことについては話せないことになってるんです」
「お父さん」タケルはカラカラに乾いた喉から必死で声を出した。「書斎の本、全部持ってかれたよ。写真集も、画集も──」そこまで喋った時、タケルの目から初めて涙が流れ落ちた。
「そうか……」父は苦しそうに顔をそむけた。
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