![]() − 第36回 − 第四章 光の河II 10 |
ガチャンとガラスの割れる音がして、タケルは回想の世界から引き戻された。きょろきょろ見回すと女性捜査員らは手を休めて耳をそばだてている。誰かが叫んだ。「二階の子供部屋だ」 開いたドア越しに、警官数人が階段を上っていくのが見えた。タケルはおもむろに立ち上がり、母の部屋を出て階段をゆっくりと上っていった。登りきったところでドアの陰から覗くとタケルの部屋に警官らが集まって何か話していた。絨毯の上には割れた窓ガラスが散らばっており、その中に黒くていびつな石が転がっているのが見えた。外から投げ込まれたようだ。大事なものが壊れたりしなかったろうか。タケルは知らず知らず、部屋の真ん中まで入っていった。 「子供がいるぞー」 窓の外から怒声がした。割れたガラス越しに、広い庭が見える。他にも黒い石が点々と落ちていた。投げられたものの届かなかったのだろう。その向こうの植木の間から、家の周囲をたくさんの人間が取り囲んでいるのが見えた。それは報道陣ではなく、近所の人々だった。彼らは大声で叫び出した。「出てこい」「謝れ」「町の恥さらし」という怒号に混じって「死ね」「殺せ」という穏やかではない文句も混じっていた。しかし連絡が回ったのか、表を警備していた警官がすぐに飛んできて、解散しろと命令した。それに対して人々は引かず、かえって警官相手に息巻く人たちもいた。騒ぎの中でまた石が投げられ、何枚かのガラスが割れた。タケルは動くことができず、ただ呆然としていたが、警官に抱きかかえられ、やっと階下に降りた。 騒ぎは暗くなってもおさまらず、警官隊が増員された。雨戸のある窓は閉められ、出窓などは戸板で石の攻撃から守られた。 タケルはあれからずっと母の枕元で身を縮めて座っていた。なんで町の人たちはあんなことを。会うたび「賢そうな坊ちゃん」だの「立派なお父さんを持って」と眩しそうに声をかけてくれていた優しそうな人たちが…。 警備員らは夕方、たくさんの段ボール箱と共に帰っていった。父の書斎はみごとなくらい空っぽになっていた。 夜になっても投石の音は止まなかった。姿が見えないのをいいことに調子に乗ってるんだと祖父は憤慨していた。 深夜、母が眠りから覚めた。タケルは声をかけた。しかし母の目は焦点が合っておらず、何を問いかけてもじっと天井を見つめるだけだった。 |
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