![]() − 第35回 − 第四章 光の河II 9 |
捜査員らはドカドカと家の中に踏み込み、タケルの目の前を無表情に通り過ぎた。そして父、武彦の書斎に入るや、本やファイルを手当たり次第に段ボール箱へと放り込み始めた。まるで祭りの露店が店仕舞いするかのように。 タケルが繰り返し読んだ旅行記も、痛んだり指紋で汚れたりしないよう注意して眺めた写真集や画集も、本棚から乱暴に引き出されては、ゴミのように積まれていく──。 捜査は母の寝室にまで及ぼうとした。祖父との間で押し問答があり、静かに行うという約束で女性捜査員が中に入った。タケルは大切な本が消えていくのを見ていられず、母の寝室に待避していたのだが、眠る母のそばで他人がタンスや戸棚をまさぐる様子に、ただうつむいて嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかなかった。 なぜこんな仕打ちを受けなければいけないんだろう。父さんは本当にそんなひどいことをしたのだろうか。わからない。大人の世界のことは全然わからない。わからないけど、何かの間違いだと思いたい。博士は「裏切っとらん」と言ってくれた。あの父さんが、ぼくや母さんをこんなに苦しめるようなことをするはずがない。 最近、父さんと話したのはいつだったろうか。この数ヶ月、いや一年ぐらいはまともに会話をしたことがない。たまに見るのは疲れた顔ばかり。逆に昔撮った写真集の中の、若くて元気な父さんの姿ばかりが瞼に浮かんでくる。 小さい頃は旅先であった話をよくしてくれた。「タケル、旅に教えられた一番大きなことはな、人間は他人に親切にしたい生き物だということなんだ」。そんな時の父さんはとてもうれしそうな顔をした。「いろんな場所を見て回るうちに、その土地の人はどんな歴史の上に生きてるんだろうと思うようになったんだよ」。そう言っては各地の伝説や神話などを面白おかしく話してくれた。 タケルの名前も最初は「大和武尊」にしたかったという。「やまとたけるのみこと」だ。これにはさすがの母さんも反対した。「ぶそん」と呼ばれるって。いいじゃないか、与謝蕪村の俳句は君も好きだったじゃないかとわけのわからない話になり、最後は「武」に落ち着いたという。 タケルの顔に笑みが浮かんだ。家族団欒の想い出は古いものばかりだ。それだけに純化され、現実逃避へと容易に誘う。タケルは母のベッドの脇で、膝を抱えて宙を見つめたまま微笑み続けた。 周囲ではガサゴソという静かな喧噪が、いつ果てるともなく続いていた。 |
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