− 第34回 −
第四章 光の河II 8
「私をはじめ、銀行の者はすべて彼に全幅の信頼を寄せておったわけです。それを彼は裏切った。県民の皆様に対して申し訳なく思うと同時に、彼に対して大きな怒りを禁じ得ません。許すことができません。確かに金銭面で若干ルーズな部分があったと聞きます──」
 プツ。タケルはTVのスイッチを殴りつけるように切った。握られた拳は震え、まなざしは何も映っていない画面を睨(ね)めすえていた。
「なんで波多野さんまで──」
 いつも父と一緒にいて「私と彼は一心同体だ」が口ぐせだった支配人。家(うち)に来るたび、タケルに何がしかのプレゼントを忘れない、気の良いおじさん。父さんがピンチなら誰よりも頼りになるはずの人が…。何がルーズだ。強引に譲ろうとした土地だってちゃんとお金払ってるじゃないか!
「タケル。お母さんのところへ行ってやれ」
 博士に指摘されたタケルはハッと顔を上げた。母さんのことをすっかり忘れていた──。
「博士、ぼく帰ります」
「うむ。外はもう暗いから、送ってってやろう」
 帰路を早足で急ぐタケルに、博士はいつもの白衣姿のまま、ヒゲを風に靡(なび)かせ、付いていった。買い物帰りだろう、途中で級友の母親に出くわした。彼女はタケルに気づくと、肩を怒らせて行く手に立ちはだかった。しかし博士の眼光鋭い視線に臆したらしく、そそくさと姿を消した。
 大和家の門灯は点(つ)いていなかった。
「タケル」博士は石段を上りかけたタケルに声をかけた。「お父さんは誰も裏切っとらんぞ」
 ふだんはサンタのように、にこやかな博士が、顎を突き出すようにしてキッパリ言った。タケルは大きくうなずいて玄関のカギを開けて入った。
 廊下の電灯を手探りで点け、タケルはキッチンに入った。と、冷蔵庫の脇に母が倒れているのを発見した。
 それからが大変だった。あわてて外へ飛び出し帰りかけていた博士に呼びかけ、博士が自宅から車を持ってくるや、母を乗せて病院へと走った。
 幸い軽い貧血と診断されたが、一晩タケルは博士と共に母の病室に泊まることになった。
 翌日になるとどこから嗅ぎつけたのか、もう報道陣が病室に押し寄せてきた。昨夜の連絡でこの日駆けつけた祖父と博士が協力して、裏口から母を自宅へと搬送した。
 母には安静が必要と医者は強く言った。しかしこの日、報道陣とは別な人間たちが、整然と押し寄せてきた。大和家が強制捜査を受けたのだ。
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