![]() − 第33回 − 第四章 光の河II 7 |
通路を隔(へだ)てた反対側の座席の男性が「うーん」と声を上げた。男性は顔を窓に押しつけてブツブツとつぶやいていた。「なんや富士山、裾(すそ)しか見えへんやん」。 もう静岡だ。富士山は台風の影響で顔を隠しているようだ。タケルは時間を見ようと腕時計に顔を近づけた。京都を出てすぐ検札を受けた切符を握ったままだったことにようやく気づいた。 冷房が寒い。東京駅まであと1時間。 あの日も寒かった。クリスマスの直前だった。 「タイホ」という言葉は、ニュースやマンガの中でしか使われない、一種の業界用語だとタケルは思っていた。だから最初に耳にしたときの感想は「父さんがドラマに出演した」というトンチンカンなものだった。もちろん逮捕されたことはフィクションではなく、その後の日々でタケルはイヤというほど、肌で実感することになった。 当時はもう新出博士と知り合って数ヶ月が過ぎていた。その年、4年生に進級していたが、級友らにはヒネた者が増え、タケルに対して、今までの羨望の裏返しで、遠回しなイジメをする連中も出てきた。タケルは学校をサボりがちになった。しかし博士に出会ってさまざまなことを教えてもらうようになり、サボりは減った。自覚のないまま、学ぶ面白さを知ったようだ。逆に級友らとは話が合わなくなってしまったが。 ニュースが終わるや、タケルは家を飛び出した。研究所の博士は肩で息するタケルに相変わらず飄々と応対してくれたが、タケルの尋常でない顔色の理由を聞き、ふだんは使わないTVを出してきて一緒にニュースをチェックしてくれた。理解できない部分は博士に質問し、ようやく事件の全体像がつかめた。大事件だとようやく悟った。 ──父さんは、県が計画していたダムや工場の工事がうまくいくよう、政府のお偉いさんにたくさんのお金を渡していたという。そのお金は銀行のもので、計画の大事な部分を任されていた父さんが、銀行のお金をこっそり持ち出してやったことだという。つまり、ワイロを送ったこと、そのお金を銀行から盗んだことの二重の罪だという。 TVには政治家や県知事らが相次いで登場し、みな事態を憂慮すると言いながらも、父武彦をひどく非難していた。なぜ父さんだけ? ニュースの最後に波多野支店長が登場した。今度こそ父さんをかばってくれると期待していたタケルは、耳を疑うことになった。 |
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