− 第25回 −
第三章 溝の帯II 10
 天井から剥(は)がれ落ちた岩が大写しになった。スローモーションのように落ちてくる。TVで見た、南極の氷壁が崩れるのに似ている。それぐらいスケールが大きいことに気づいたのは落下地点の山に激突したときだ。その山にもひとつの集落があったはずなのに……。
 別の落石は森林をなぎ倒した。溶岩流の上に落ちた岩は、溶岩をはじき飛ばして火事を発生させた。ズシンズシンという音が絶え間なく聞こえてくる。まるで巨人が暴れ回っているかのように。
 この時の地震は圧倒的だった。平和だった地底世界は、地獄と化した。
 ──それでも親たちは生き延びようと、岩壁を登り始めたの。
 猿人たちは経験で、日頃から落石の少ない場所を知っていた。彼らはそこを目指して避難し始めた。しかしそこは猿人たちにとって、悪い意味で踏み入ってはいけない場所だったのだ。なぜなら地底世界が唯一、地上とつながっている場所だったから。誰も越えてはいけない、入れてもいけない場所だったから……。
 姉を背負った父は、赤子のぼくを抱えた母の手を引きながら、大勢の仲間たちを率いて禁断の場所へと岸壁をよじ登っていった。その道中の映像は見るに堪えなかった。足を踏み外して悲鳴とともに落ちていく者が続出した。母も何度か足を踏み外した。そのたびにぼくを抱く腕がギュッと締まって痛かった。
 そこへたどり着いたとき、仲間の数は三分の一に減っていた。誰もがくたくたに疲れていた。
 ほとんどの猿人たちは初めて見たんだろう、不思議そうに頭上を仰いでいる。あの上に本当に救いがあるんだろうかと。かすかに顔をなぶる風が吹き込んでくる。
 出口がどうなっているか調べるため、父は仲間の一匹を連れて登っていった。ブラウン族との戦いの後、父を連れ帰ってくれたあの大猿いや大男だ。彼は父の片腕なのだ。この頃はまだかなり若い。やがて戻ってきたふたりは行くぞというジェスチャーをした。地震はしばらく止んでいた。今がチャンスだ。
 黙々と登り続ける猿人たち。傾斜はやや緩くなったが、疲れのためか数人の仲間が転げ落ちていった。誰も振り返る余裕はない。ただひたすら上へ上へと進んでいく。
 明かりが見えた。ついに地上に到着したんだ。誰もが声を上げた。しかしそれを待っていたように、大地が激しく身震いした。
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