− 第22回 −
第三章 溝の帯II 7
 最初のうちは、自然の猛威にもてあそばれた大地の裂け目やひっくり返った大岩、わき出す温泉などに目を奪われて、物見遊山の気分だった。けれども徐々に道のりは険しくなり、見上げた空の面積も小さくなってきた。
 姉の足取りはゆるまない。ろくに振り返らず、どんどん突き進む姿はカッコ良くさえ見る。
「いま地震が来たら、ひとたまりもないよ」ぼくは姉の背中に問いかけた。
 ──だいじょうぶ。しばらくは来ないわ。何も感じないし、鳥たちも騒いでいない。
 ぼくは感心した。動物の直感はあなどれない。

 太陽の位置から見てお昼にはもう少しという頃、巨大な樹木の根元に出た。姉は確かめるように仰ぎ見ていたが、ぼくの方を振り返った。
 ──ここよ。
 姉は根の一本に足をかけるとスススッと上っていった。ぼくも遅れじとよじ登る。木登りの経験なんかない僕がいとも簡単に。猿人の体ってうまくできてるんだなぁ。
 姉は手をかざして辺りを見渡し、目的のものを発見したようだ。
 ──ほら、あそこ。
 指す方を見ると、ひときわ大きな地割れの痕があった。かなり古いものらしく、植物の茂りかたが半端じゃない。姉はピョーンと隣の木に飛び移り、地割れへと降りていった。ぼくも続く。
 近づくにしたがって、地割れの巨大さに圧倒された。怪物の口に飲み込まれるような錯覚をおぼえた。姉はその中へ入っていく。
 割れ目の奥は斜めに延びていた。まるで地下トンネルだ。ぼくたちは陽が届くギリギリのところまで進んだ。そして足を止めた。
 行き止まりになってる。トンネルはここでおしまいだった。落盤…というのだろうか、天井が崩れ落ちたんだ。それもずいぶん前に。
 立ちふさがる岩の表面を手でなでていると、足先にコツンと当たったものがあった。なにげなくそれを手にしてみた。うわわわわ。ガイコツ!
ドクロ! しゃれこうべ! 頭の骨だ!
 うわうわうわ。ぽっかりと空いた眼とにらめっこしてしまったんだからたまらない。頭蓋骨を放り出したぼくは意味もなく手を振っていた。
 そのとき、ようやく気がついた。白骨化した猿人の死骸があちこちにあるのだ。みな落石の下敷きになっている。死骸に残るベージュの毛が、わずかな風にそよいでいた。
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