![]() − 第17回 − 第三章 溝の帯II 2 |
「ウガァーーーッ」 雄叫びがぼくの喉からほとばしり出た。「どけどけー」と叫んだつもりだったんだけど。そりゃ獣だもの無理さ、という気持ちと、どうして? という気持ちが頭の中でごっちゃになっていた。 父と姉を取り囲む茶褐色の連中がこちらに顔を向けた。その一匹めがけて、ぼくは跳躍した。ねらい違わず胸を蹴り飛ばされた猿は弾き飛んで、岩に頭をぶちあてて気を失った。着地したぼくは手に持つ棒を構え直した。ちょうどバットのように手ごろな太さと重さだった。 “宮本武蔵”を思い出した。日本一有名な剣豪だ。先月、井沢先生に勧められて読んだ。今の状況は、一乗寺下り松で吉岡一門を相手にしたときの武蔵みたいだ。 そんなことを考えたのはほんの一瞬で、ぼくは棒を両手に持ってブンブンと振り回した。猿たちはおびえたように後ずさりした。その機に乗してぼくは手近にいた一番大きな猿に棒を振り下ろした。グアッと悲鳴を上げた大猿は一撃を受けた肩を押さえてうずくまった。そして後ろも見ずに一目散に逃げ出したのだ。 親分が逃げたせいで、他の猿たちもクモの子を散らすように引き始めた。ある猿は山の斜面をかけ下り、ある猿は木に登って枝を伝いながら。 終わりはあっけなかった。戦場に残っているのはベージュの猿たちだけになった。 居残った彼らの疲れた顔がまぶしげにぼくを見上げている。 ぼくは彼らを見おろしている。 ようやく気づいた。ぼくは二本の足で立っていることに。目の前にいるどの猿も立ち上がってなんかいない。 加えて、右手に握っている木の棒。これは道具だ。戦いの中で道具を使った猿などいなかった。 昨日借りてきて、読むでもなくながめていた本の中の文章を思い出した。 “人類は四足歩行から二足歩行へと移った” “道具を使うことをおぼえた” なんてことだ。それじゃ、ぼくが“きっかけ”になってしまったのか! 目のくらむ思いがした。手から棒がはなれ、その場に座り込んだ。膝がへらへら笑ってる。この時代の体に二本足はかなりキツかったんだろう。 ──すごいね。 ささやくような声がした。辺りを見回したが、ぼくの周囲に集まってきたベージュ猿たちの姿しかなかった。 |
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