− 第15回 −
第二章 光の河 11
“タケルです。今夜お話できますか?”
 タケルの携帯メールはいつも短い。メールを打つ相手つまりメル友は博士しかおらず、たいていはこんな通話伺いだけだからだ。関西へ移住して一学期が過ぎたのに、結局学校ではメールし合うほどの友達は得られなかった。クラスメートとは普通に会話している。でも彼らの目には「よそよそしいヤツ」と映っているのに違いない。
 2時間が過ぎた。メールの返事はまだ来ない。せっかちな博士にしては珍しいことだった。タケルは今日借りてきた『地球の歴史』という本を机の上に開いて待つことにした。地球が生まれてから現在までのようすを一冊にまとめた本だ。
 雨は一向にやまない。台風が接近しているのだから当然か。タケルはまんじりともせずページを繰っていた。ダメだ、今日はさすがに本を読む気分になれそうもなかった。
 いつしか陽が暮れていた。もう一度メールしようかと考えたが、思い直して直接コールすることにした。
 博士の電話番号を選び、通話ボタンを押す。ルルルルル、ルルルルル、プシッ。つながった。
「こんばんは、博士。お忙しいですか?」
 タケルの声は勢い余って早口になった。
「プッ」
 なんだ? ノイズ? と、笑い声が聞こえた。ノイズじゃなくて吹き出した声だったようだ。
「オマエ、誰よ?」向こうの声が言った。
 博士じゃない! 誰だ? かけ間違えたのだろうか。いやそんなはずはない。タケルの携帯には他に登録してある番号なんかないのだ。
「ふーん、タケルっていうのか」
 どうやら画面にタケルの名前が表示されているらしい。ということは博士の携帯に間違いない。
「あの…博士はいないんでしょうか?」
 タケルはおそるおそる相手に問いかけた。
「知らねえよ。バーカ」
 そう言って、いきなり通話は切れた。切れる直前に別の笑い声と、何かが床に落ちて壊れるような物音がした。肝の冷えるような大きな音が。
 タケルの頭は混乱した。どうしたんだろう博士は。落とした携帯を誰かに拾われたんだろうか。それとも…わからない。
 いつの間にか、タケルは机に突っ伏して泣いていた。今日はわからないことだらけだ。先生も、博士も。いったいぼくはどうすればいいんだ!
 泣き続けたタケルは、やがて泣き疲れて、そのまま眠りに落ちていた。
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