− 第14回 −
第二章 光の河 10
 雨空の下、くすんだ霧雨に包まれて井沢先生の赤い車は駐車場でひときわ目立ってる。ボディに合わせたシートの赤も、眼の良いタケルにはフロントガラス越しによく見える。
 車内に動く影があった。ドキッとした。先生がいるんだ。どうして降りて来ないんだろう。
 泣いてる?
 タケルはその場に立ちすくんでしまった。顔にハンカチをあてて、うつむき加減の姿はまぎれもなく涙を拭う仕草はまぎれもない。半年前の母さんと同じだ。あのころの母さんは毎日泣いてばかりいたんだ。寄り添うタケルの姿も目に入らないかのように。
 また見たくないものが見えてしまった。
 タケルは自分の視力を呪った。こんなことの繰り返しだ。もうたくさんだ。
 車のドアが開いた。先生が降りてきた。施錠すると傘も開かずにこちらに歩いてくる。出入口のそばまで来たとき、やっとタケルに気づいた。
「あ…おはよう」
「──おはようございます。先生、図書室──」
「そうね、ごめんなさい、遅くなって」
 先生はぎこちない笑顔でタケルに応え、職員室へ急ぎ足で入っていった。やがて鍵を持って図書室に向かい、開鍵してくれた。その間、タケルは
付いていきながら、うつむいたままだった。。
 むっとする空気の充満する図書室に入った先生は、貸し出しカウンターの向こうへ回り、空調のスイッチを入れ、控え室の方へと姿を消した。タケルは居心地の悪さを感じた。いつもの図書室ではなかった。返却図書をカウンターに置くや書架へと走り、数冊の本を抜き出して、貸し出しカードに名前と日付を書いてカウンターに置いた。
「先生! 今日は天気が悪いので帰ります」
 先生が何か言いながら控え室から出てきたが、タケルは先生の顔も見ずに深々とおじぎをして、図書室を飛び出した。
 雨の中の坂道、自転車を押しながらタケルは悔しさでいっぱいだった。なぜ逃げないといけないんだ。母さんのときだってそうだ。タケルには何もできなかった。タケルもいっしょになって泣きたかったけど、おろおろする祖母ちゃんを見てると泣けなかった。「母さんを支えてやれ」という祖父ちゃんの言葉がタケルの感情をむりやり奥の方へ封じ込んだ。それでも耐えられず、母さんのそばから逃げた──。
 その夜、タケルはたまらず新出博士にメールを打った。
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