− 第11回 −
第二章 光の河 7
「ぐぬ───」
 新出博士はうなった。タケルには博士の心の内が手に取るようにわかる。博士はよく口にしていたから。もしタイムマシンで好きな時代に行けるなら、猿が人間へと移り変わる頃に行ってみたいと。行ったら猿人の仲間に加わって、いっしょに生活してみたい、とも。
 人類の進化には、まだまだ謎の部分が多い。現代の我々は、骨の化石によって昔の姿を類推するしかないのだが、現在判明している進化の流れには途切れている部分があって、ミッシング・リンクと呼ばれている。DNA鑑定が導入されて、研究レベルは飛躍的に向上した今日でも、骨自体が発見されないと、真実を知ることはできないのである──。以上はもちろん博士の受け売り。
「タケルは仲間になって生活しとったのか?」
 やっぱりそこが一番聞きたいらしい。
「ううん、仲間たちには出会わなかった。家に到着する前に目が覚めたし」
「だが、猿人の着ぐるみ姿だったということは、仲間になりすましとったんだろうなあ」
「あ、違う、そうじゃないんです」とぼくはあわてて訂正した。「着ぐるみじゃなかったんです」
「なに? どういうことだ?」
「腕に、ざぁーっと毛が生えてたんです。引っ張ってみたらちゃんと皮膚に生えてるのがわかったんですよ」
「な…なんと──」
 博士は再びうなり声をあげた。これは夢の話だってこと、すでに忘れてるらしい。
「その毛がぼくの肩にも足にも、お腹にもビッシリ生えてたし」とだんだん得意げになってきた。
「薄茶色というかベージュ色の毛が一面に」
「そうかあ…化石じゃ毛の色まで残っとらんからなぁ。──その夢の中のタケルは四足歩行で歩いとったのか?」
「えっと──そう、四つ足で歩いてました」
 博士はいま、本物の猿人にインタビューしてる気になってると思う、絶対。
「なるほどなぁ。で、小猿の親子はどうだった?タケルと同じような姿をしとったか?」
 タケルは少し薄れてきた夢を必死で回想した。
「うん、四つ足で歩いてたし…あれれ?」
「どうした?」
「親子の毛はね、すっごく濃い色だった。焦げ茶色っていうのかな、そんな感じでした」
「ふぅーむ」
 電話越しに博士の椅子のきしむ音が聞こえた。
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