![]() − 第9回 − 第二章 光の河 5 |
それ以来、タケルは新出博士の研究室に入り浸るようになった。博士は世間で噂されるような偏屈ではなかった。多少、いやかなり変わってはいたが、タケルとは非常に馬が合った。 遊びに行くと博士はいつもタケルを笑顔で迎えてくれた。そして訪問を重ねるに連れ、居座る時間がだんだん長くなっていった。ときには研究の邪魔にならないだろうかと思うこともあったが、博士はそんな素振りをまったく見せなかった。 意外にも博士は話し好きで、話し上手だった。研究分野である生物に関する話を、タケルにわかるような易しい言葉で解説してくれた。昔は大学で教えたこともあるという。博士のような先生がいる大学なら行ってもいいなと思った。 研究所にはさまざまな動物標本があったが、檻に飼っている本物の動物もいた。時に町の人が耳にする奇声の正体はこれだったのだ。元々は霊長類といわれる猿の研究がメインだったが、いまは鳥類にも興味があるという。タケルが最初に忍び込んだとき、博士はまさに“鳥”になっていた。 「鳥の気持ちは鳥にならんとわからん」 そんなことを自慢の髭(ひげ)をなでながら真顔で言う博士が、タケルはますます好きになった。 博士は若い頃、世界中を旅して回ったという。旅をしながら、自分には何ができるのだろう、何をしたいのだろう、そう問い続けたそうだ。 「“自分探し”ですね」とタケルは訊いた。 「違うぞ。探す必要などない。自分はいつもここにいる。“自分探し”などという言葉が流行るから、自分を見失う人間が増えるのだ。わしはな、世界中でいろんなことを体験して、何をしたときに感動したり楽しくなったりするようにできているのか、自分の体を調べたかったのだ」 こんなふうに博士の語り口はいつも偏狭じみているが、妙に筋が通っている。しかも聞き上手だからタケルが「なるほど」というまで説明の労をいとわず、言葉をかえて話してくれる。 そんな博士が、なぜ町の人たちから疎(うと)まれるのか? 最大の疑問を当の本人に投げかけてみた。すると「わしに、町の連中とどんな話をしろというんだ?」と大爆笑されてしまった。言われてみれば、博士との話題は、小学生であるタケルにも理解できるレベルではあるものの、生物、物理、化学など、およそ世間話には似つかわしくないものばかりだ。タケルにすれば、今やテレビゲームよりも魅力的な世界なのだが。 遠く関西に引っ越してきた今でも、タケルが科学に興味を持ち続けているのは、博士の影響だ。 |
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