− 第8回 −
第二章 光の河 4
 ベッドに横になったものの、眠れそうになかった。今日学校で見た夢を誰かに話したくてしょうがない。荒唐無稽な夢物語だけに、誰にでも話せることじゃない。祖父ちゃんたちでは駄目だ。何人か友人の顔が浮かんだが、笑われるに決まってる。井沢先生なら親身に聞いてくれるだろうけど、どうにも照れくさい。──となれば、残るはひとりしかいない。いや、こんな時まさに打ってつけの人物がいる。
 新出(にいで)博士だ。
 タケルは即、携帯電話でメールを打った。
“こんばんはタケルです。今晩電話してもいいですか?”
 返事は1分で来た。
“いますぐOK”
 タケルは間髪置かずに電話をかけた。コールが一回鳴っただけで相手が出た。
「よぉーい、タケル、ウェルカム!」
「こんばんは、博士、遅くにごめんなさい」
「外交儀礼などいらん! 元気にしとるか?」
「はい、なんとか」
「“なんとか”か。不景気だな」
 新出博士は山形の米沢に住んでいる。タケルが母さんと春まで住んでいた町だ。
 五十歳を越えた博士は独りで暮らしていた。博士は誰とも話さない、交わらない、要するに偏屈者(へんくつもの)だった。自宅を研究所と称して、ときどき屋内から奇声を響かせては、周囲を驚倒せしめていた。そんな博士は、町の人たちにとって腫(は)れ物のような存在だったのだ。
 なのに、どうしてタケルは博士と知り合うことになったのか?
 その頃、タケルは孤独だった。そして毎日が退屈だった。だから誰とも没交渉な博士の暮らしぶりに興味を持った。変人の姿を覗(のぞ)き見てやろうと考えたのが、そもそものきっかけだった。
 タケルは裸眼で両眼とも二・〇は余裕だ。裏の高い塀の上によじ登り、その眼で研究所の中を覗きこんだ。そしたら、世にも恐ろしい怪物と正面からにらめっこするハメになってしまった。腰が抜けたタケルを捕まえたのは、怪物の着ぐるみを着た人間、博士だった。
 タケルが捕まってからもおとなしくしていたのは、博士が悪そうな人に見えなかったからだ。そう言ったら、「タケルは眼がいいからな」と不思議なことを言った。そしてこうも言った。
「君はその良い眼で、見たいことも、見たくないことも、いっぱい見てきたようだな」
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