− 第5回 −
第二章 光の河 1
「大和(やまと)くん」
 肩を揺り動かされて、タケルは目が覚めた。
 いつの間にか学校の図書室で、机に突っ伏したまま眠ってしまったようだ。窓から夕陽が差している。
(あれは夢だったのか…)
 声をかけたのはタケルのクラスである4年1組担任の井沢先生だった。タケルは枕にしていた『生き物大辞典』を、ばつが悪そうに横に寄せた。
「すみません」
「いいのよ、睡眠学習って言葉もあるくらいだしね」そう言って井沢先生はクスッと笑った。
 タケルはこの先生が大好きだ。年齢は三十歳くらいらしいが、いつも明るい色のワンピースを着て飛び回ってる印象がある。休日も家でじっとしてることは少ないらしく、美術館や演奏会に出かけた話をよくしてくれる。
 そんな先生がタケルの中でいっとう株を上げたのは、ものすごい読書家だったからだ。先生に言わせると「独身だからヒマなのよ」ということらしいけど。
 一学期の間に先生に勧められて読んだ本は二十冊は超えたろう。大学で児童文学を専門に勉強したという先生は、「こんな本、ありますか?」とタケルが問いかければ、いつも、おすすめの本を的確に選んでくれる。
「おー、大和くんは生物に興味が湧いたのかな?」
 先生は『生き物大辞典』をパラパラとめくった。
「あ、はい、なんとなく」
 それは全十数巻の大辞典の第一巻だった。地球の誕生から、生命のめばえ、人類の出現までが載っている。クーラーが程良く効いた図書室で、夏の午後の心地よさもあって眠ってしまったが、眠りに落ちる直前に見ていたのが「人類のあけぼの」というページだった。
 だから、あんな夢を見たんだ。
 夢の中でタケルは、猿人と呼ばれていた頃の人類になっていた。何百万年も過去の地球に生きていた人間だ。あの小猿の母親は、大辞典に載っている猿人のイラストにそっくりだった。
 それにしてもリアルな夢だった。今でもあの地震の激しさを覚えてる。砂埃の混じった乾いた空気のにおい、握った根っこの感触、それに小猿を抱いたときの暖かさ──。
「そろそろ閉めるわよ」
 先生の言葉に、はいと返事してタケルは荷物をまとめ始めた。夢の話を先生に聞いてもらいたかったけど、また今度にしよう。
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