![]() − 第4回 − 第一章 溝の帯 4 |
それは思い出したくもないことばかりだ。ぼくはひどいイジメを受けたんだ。ぼくだけじゃない、母さんもだ。ぼくたち母子はリフジンなハクガイを受けたんだ。母さんはそう言ってた。 大好きだった父さんの悪口を言いふらし、ゴミのように捨てた連中なんか、映画に出てきた怪獣に踏みつぶされてしまえばいいんだ、滅んでしまえばいいんだ。ぼくはずっとそう思っていた。念じていたと言ってもいい。 小猿の母親はぼくに近づき、大きな木の実を地面に置いた。そして小猿を抱きかかえたまま、そそくさと木に登って、あっという間に姿を消した。 ぼくは木の実を見ながら、どうして小猿を助けたりしたんだろうと考えていた。 地震が起きてたくさんの悲鳴が聞こえたとき、これは神様の与えた罰だ、神様がぼくに代わって恨みを晴らしてくれてるんだって思った。でも実際に人が、いやあれも猿だったのかな、地面の裂け目に飲み込まれるのを見たとき、すごくイヤな気持ちになった。吐きそうだった。 ざまあみろと、心で叫んだのだってそうだ。そのときは本気だった。でもすごく後味が悪かった。ぼくが悪い怪獣になったみたいな気分だった。 とにかくぼくは助かった。この地震がどのくらいの被害を及ぼしたのかは分からない。震源地はどこだったんだろう。もっと大きな被害を受けた地域もあるんだろうか。 ぼくは立ち上がって、山から崩れ落ちた、背丈のゆうに三倍はある岩の間を縫うように歩きながら帰宅の途についた。 母さんが心配しているはずだ。早く帰ろう。 沢を抜け、峠を登った。夕陽が最後の光をぼくの背中に投げかけていた。 この峠からは三百六十度の風景を眺めることができた。月の光が湖を照らしてるのがきれいだ。 その脇を南北に横たわる黒いギザギザが見える。誰も近づくことのできない“溝の帯”だ。 最後の森を抜けて、ようやく目指す山の麓に到着した。ここからすぐの中腹に、ぼくと母さんの住む洞穴(ほらあな)がある。 寒さに体が震えた。腕をさすったら、体を覆っている問題の毛のことを思い出した。 まあ今はどうでもいいや。早く家に帰って暖かいものにくるまろう。すべてはひと眠りしてからだ。 |
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