‖伍日目‖ |
体が物凄く重かった。だから目も開かなかった。 ・・・なんていうのを、遅刻の言い訳にするのは無理だろうか。まあ、ようは寝坊したのである。 ガーデニングが綺麗な家の前を通り過ぎて、赤茶色の煉瓦で出来た塀に沿って走る。 そして、昨日小学生と知り合った公園を通り抜け―――ようとして、足を止めた。 道順こそ逆とはいえ、その足踏みはほんの二日前と全く同じ行動。ならば、この目前にある、その光景も同じだった。 大きな砂場の砂山の前に、少年が一人。 後姿だけれど―――あれは多分、しの君。 公園に設置されている時計を見る。午前九時。 高校生の私が遅刻している時間なのだから、当然小学生の彼も遅刻している時間である。 ―――まさか、サボタージュ!? しの君の周りにはランドセルも見つからないし。 ということは最初から学校なんていくつもりも無く家を出て、そのままこの公園で遊んでいるってことだろうか。 だめだ、それはまずいよしの君。十歳で不良なんてナイフどころか針なみに尖ってるよ!ギザギザハートが子守唄歌っちゃう勢いだよっ! って、何昔懐かしフレーズもってきてるかな私。そんなこと今はどうでもいいんだって。 もう一度、時計を見る。遅刻、しそうだけど・・・ というより、もうしてるけど・・・ でも!知り合いが非行に走ってるのを見捨ててはおけないじゃありませんか! 行動も光景も同じなら、思うことも同じだった。ただ、二日前と違うのは、私と彼はお知り合いだということである。 「しの君っ!!」 呼ぶと、些か驚いた顔でこちらを振り向いた。 「お姉さん!?」 ぱんぱん、と手についた砂を払いながら瞠目して立ち上がる。 「どうしたの?今・・・」 そう言うと、私がさっきしたみたいに時計を見上げて 「・・・九時だよ?学校は?」 と、先手を打たれた。 「それはこっちの台詞」 「え?」 「しの君こそ、学校は!?」 手を腰に当てて、ふん、と鼻息荒く言う。 あ、なんだぁその「またかよー」見たいな顔は!? 「あのさ、お姉さん、僕、休みなんだよ」 「へ?」 今度はこちらが瞠目する番。 休みって、休みって今日は、金曜で、平日で―――・・・ 「僕はね、学校の方から休み貰ってるの。来なくていいって言われてるんだよ。だから行ってないと言えば昨日も一昨日も行ってなかったんだけど」 「―――そうなの?」 「うん」 こくんと頷くしの君は、確かに嘘を言っているようには見えなくて―――・・・ 「それよりお姉さんこそ、学校、いいの?」 「あ―――!!!!」 そうだった!!既に時計は午前九時過ぎ、今頃一時間目が始まっているところ。ここから学校まで全力疾走しても二十分はかかる!!ぼうっとしている場合じゃなかったんだよーっ!! 「じゃあね、しの君、ばいばいっ!」 「うん、ばいばい」 手を振って、後ろを振り返らず駆け出した。うちの学校は五回遅刻すれば保護者呼び出し。既に今日で二回目、やばいやばいやばいやばいって、頭の中はそんな事ばかりしめていて。 ―――だから、背後の少年がひどく胡乱な表情をしていたことにも、気付かなかったのだ。 ***** 結局、遅刻カードに名前を書いて提出した。ちなみに遅刻の理由を書く欄には、『寝坊』と『青少年の非行を止めていた』、と書いた。 ・・・まあ、間違っちゃいないよね。 一人うんうんと頷いて、何気なく視線をやって、ふと欠席者が書かれたホワイトボードに目を留めた。 一年六組、私のクラス。私の名前が書いてあるけど、これから遅刻に変更されるのだろう。私以外に書いてあるのは・・・赤川、黒部、坂下――――――・・・高瀬? そういえば、高瀬という人は入学式から一度も見ていない。いや、入学式には居たのかもしれないけれど、そんな頃は誰もが見知らぬ顔なのだから、高瀬がどんな人だったかも覚えていない。 けれど、思えば教室の雰囲気に慣れてきてから一度だって、高瀬という人は教室に姿を見せたことは無かった。 いつも不自然にぽっかり空いている、窓際の席。 そんな事を考えながら、教室に入った。流石に授業中には入りにくかったので―――授業時間が後五分だったのもあるのだけど―――チャイムが鳴ってから、ドアをくぐった。席について鞄を置く。ああ、一時間目数学だったんだ。 「綾香」 呼ばれて顔を上げると、友達の利奈が笑みを浮かべながら私の机のすぐ横に立っていた。 利奈は高校に入って出来た友達で、すっぱり竹を割ったような、なかなか気風のいい頼れるおねーさんである。 「遅刻したね。どうしたの?」 「青少年の非行を止めていたの」 にっこりとそう言ってみたらば、利奈ははあ?と盛大に眉を顰めてみせた。 うっわあ、冷たい目だなあ、ひどいよ利奈ちゃん。 「後、寝坊した」 「そっちが理由でしょう」 まあそうなんだけどさ。 やれやれといいながら、利奈は私の机に腰を下ろした。近くに空いた椅子があるっていうのに、利奈はこうして机に乗りたがる。お行儀悪いぞ。 「あ、そうだ。利奈」 「何よ」 ふと、さっきまで考えていたことを思い出した私は、回答を得るべく、なかなか情報通な目前のお行儀悪いお嬢さんに尋ねてみることにした。 「高瀬って人、知ってる?」 「・・・・・・・高瀬?」 一瞬だけど利奈は、きょとんとした顔になる。ん、やっぱ唐突過ぎたか。 「・・・高瀬って、うちのクラスの高瀬のこと?」 けれど利奈は、すぐに頭を切り替えて、私の質問の答えようとしてくれる。 うん、やっぱ頼れる姉御だよ、あんた。 「うん、その人」 「高瀬がどうしたの?」 「うん・・・・・・学校、来て無いでしょう?記憶が正しかったら、たしか入学式ぐらいから。それで、何でかなって」 言ってみればただの興味本位なのだけど、それでも利奈はああ、と頷いた後、あんたも放っておけない性格だもんね、なんて事を言い出した。 付き合ってたった二ヶ月しかたっていないけれど、今まで何度も私の厄介ごとに首を突っ込むところを見てきた姉御である。多分、『綾香』の大体の本質なら、わからないわけではないのだ。 「うん、そういえばそうね」 ちらりと、利奈は窓際の席を一瞥した。―――高瀬って人の、空いた席。 「もしかして、不良さん?」 「うんにゃ、いたって普通よ。どっちかっていうと優等生だし」 ぶんぶんと、手を横に振って否定のかたち。 「―――てか、何で利奈はそこまで知ってるの」 「うん?ああ、中学が同じだったのよ。―――そーいえば、中学の時高瀬に嫌がらせしてた奴も、この高校に来てたっけ」 「え、い、いじめられてたの?」 って事はもしかして、高校に来ないのは・・・ 「あー、違う違う。いじめじゃなくて嫌がらせ。それも高瀬に非があるわけじゃなくて、何か一方的な。しかも高瀬がちぃーっとも相手にしなかったもんだから、相当空回りしてた」 ―――ああ、そうですか。ううん、何かそれって、結構。嫌がらせしていた方が不憫になるような話でもある。 「友達もたくさんいたし、明るい奴よ」 まあでも、中学のときの友達は全員、別の高校いったみたいだけどね―――何て補足して、足を組む。ああ、だから机から降りなさいってば、利奈。 「何かね、入院してるんだってさ」 ぽん、と告げられた予想しなかった言葉に、間が空いた。 「―――入院?」 「うん、交通事故にあったとか、何とか」 ―――ああ、なるほど、そう言うこと。 それじゃあ来たくても来れるわけがない。 「・・・まあ、他にも何かあったらしいけど―――・・・」 そう呟いた利奈の声は小さすぎて、私には聞こえずに。 「それはまた、入学早々、災難な・・・・・・」 「そうね。入学したばっかりじゃあ、見舞いに来る友達だって居ないでしょうし」 そのまま、話題は入院の理由から次に移っていった。 先生が来るまで、私達は、入学してから一度も座る主が来ない、窓際の空っぽの椅子を眺めていた――― ・・・お昼休みに、先生に遅刻カードの件で呼び出しをくらったのは、また別の話。 |
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050213
色々あったり、なかったり。