‖肆日目‖ |
白い世界。音の無い夢。 白い人物が自分の傍らに立っている。 ―――なにか。何か、喋っている。 聞き取れない。否、聞こえないのか。この夢には音が無いのだから。 口の形で何を言っているのか読み取ろうとする。けれど、視界でさえ霞がかったようにぼんやりとしているのだ。 白い人物が、こちらを覗きこんでくる。 その身体の中を調べられているような感じが厭で、何とか目を逸らそうとして――― ***** 目が覚めた。 どくん、どくんと心臓が早鐘のようになっている。僅かに汗もかいているようだった。 夢―――・・・・・・・・・ そう、いつもの夢だ。白い夢。 夢だとわかると漸く安心できた。 先ほどの夢に怖いところがあったわけではない。だから何故こんなにもどくどくと不安感が押し寄せてきているのかと聞かれれば―――多分、今までに出たことの無い人が夢に在たからと答えるだろう。 白い人物。 何を言っているのかは全然わからなかったけれど。 はあ、と大きな溜息をついた。 午後十二時半。 昨日寝たのが朝方近くだったから、あんまり寝れていない。とは言っても、八時間くらいは寝てるんだけどさ。 ぼうっとする頭を振って、立ち上がる。何だかふらふらするけれど、顔を洗えば少しはすっきりするだろう。 そうだ、昨日作った砂の城を見に行かなきゃ。 折角がんばってあれだけ作ったんだ。・・・壊されてたらへこむなあ、流石に。 公園に行ったら、ちゃんと城はそこに在った。・・・しかも、何かギャラリーができている始末。 覗き込んだり、つついたり。誰とも知らない子供がつついたその城の壁は、そこからさらさらとほんの少しだけ砂が崩れ落ちた。 少し右側が壊れているけれど、まあいいか。 逆にここまででかいものが作ってあったら、壊しにくいよな。いくら心無い奴でもさ。 周りで砂の城を見ていた子供やお母さん達を押しのけて、昨日座っていた場所に座り込んだ。 ***** 「―――凄いの作ってるねぇ」 声をかけられて吃驚した。振り返ると、すぐ近くに昨日のお姉さんが立っていた。 「これ、堀?」 自分の隣にしゃがみこんで、にっこりと聞いてくる。頷くと、そう、と言って僕が作った砂の城を見つめた。 お姉さんは山鳩色のセーラー服を着て、おそらく学校指定の物であろう学生鞄を持っていた。公園に設置されている時計を見る。午後三時半。多分、学校帰りなんだろう。 でも、昨日会った時はこんなに早い時間じゃ、なかったのに。 「・・・お姉さん、学校帰ってくる時間、ばらばらなんだね」 ・・・って言っても今日で二回しかあってないからいつもお姉さんがいつ帰っているのかなんてわからないんだけどさ。 思ったことを口にすると、お姉さんは苦笑いをした。 「今日は部活がないから。昨日は、いつもより遅かったし」 そういって肩をすくめて見せる。なるほど、よくわからないけれど、大人は色々大変なんだな。 ぺんぺんと、盛った砂を軽く叩いて固める。 いつの間にやら先ほどまでできていたギャラリーは各々の目的を果たすため散っていた。・・・とはいえやはり数人のお母さん方はこっちを見てたけど。自分の子供をしっかり見といてやろうよ、お母さん方。 「私もやっていい?」 鞄を砂場の脇に置いたお姉さんは、砂山を軽く触りながら尋ねてきた。頷くと、嬉しそうに砂の城を作り始める。 ―――よく知らないけれど、お姉さんは女子高生、って奴なんじゃなかろうか。そんな年頃でも砂山いじったりするんだな。 「こういうの、好きなの?」 盛った砂を不恰好に整えながらお姉さんが聞く。・・・あれひょっとして城壁のつもりかな。 「うん、作るのは、好きだよ」 「そうなんだ。このお城も、凄いもんねぇー・・・」 私には絶対真似できないなーと、笑うお姉さんの手元には、本当に何を作りたいのかよく解らない形の砂。それ、絶対謙遜じゃないよね、おねーさん。 「そうだ、君の名前、なあに?」 「え?」 唐突な質問に、自分は少し目を丸くした。 「いや、一緒に共同作業する仲間としては名前を知らないのは不便じゃないっすか」 そういって照れ笑いするお姉さんは、どうやら少し変わり者らしい。 「・・・・・・しの」 「・・・し?」 聞き取れなかったのか、お姉さんは少し首を傾げる。 自分もそんな反応は慣れっこだったから、今度はゆっくり、聞き取り易いように自分の名前を舌にのせた。 「し・の」 「しの?」 「うん」 「しの君」 可愛い名前だね、とにっこり笑って言うお姉さんに悪気は多分ないのだろうけど―――・・・結構この名前女の子みたいってんでコンプレックス持ってるんですよね僕。 「私はね、綾香。野村綾香」 「あやか、お姉さん」 そう呼ぶと、あやかお姉さんはまた照れくさそうににっこりと、微笑った。 |
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20040422
久しぶりに砂遊びがしたい今日この頃。