始めに(母さんの独り言)



毎朝出勤前のあわただしい中、庭を見れば小雪が日だまりの中眠っています。
少し口を半開きにして舌をちょこんと出し本当に安心しきってグッスリよく眠っているその姿を見ると毎日戦争のようなあわただしい出勤前のその一瞬が幸せなひとときに早変わりします。そしてこの子の平凡だけれども平和な生活を何としても守ってやらなければと少し大袈裟ですが心から思うのです。

14年前の寒い雪の日に私達の娘になってくれ可愛いばかりの仔犬時代、やんちゃ盛り&少し反抗期の若犬時代、段々私達の生活になじんできて落ち着いた成犬時代、そして少しづつ老いが見え隠れしだした現在。
小雪と共に歩んできた私達と小雪の生活を小雪がまだ元気なうちに何かの形に残せればと思いこのホームページを開かせていただきました。

紀州犬を家の中で飼っている!
初めて聞いた人は「ええ〜!なんで又。大変でしょ。」と悪気なくおっしゃって下さいます。(笑)
正直私達も始めは犬は庭で繋いで飼うものと頭から?決めていました。それは犬は(特に日本犬は)外で飼うものというその頃の日本の常識(たぶん?)に何の疑いも持っていなかったからです。しかし、実際に犬と生活してみると犬というものは小雪のように人に(たとえ飼い主にでも)距離を置く犬でも飼い主と一緒に生活したいんだと思っているということがわかり「あれ、今まで私は犬を可愛がってきたつもりだったけど本当は寂しい思いをさせていたのかな」っと思ったのです。

幼い頃“シートン動物記”を読み犬やオオカミ、動物全般が大好きになり犬や猫を拾ってきては結局飼いきれず(団地であったため両親がみんな里子に出してしまいました。)いつか私だけの犬を飼いたいと夢にまで思っていました。
そしてようやく実現した犬との生活は喜び、驚き、怒り、悲しみ、戸惑いの連続でしたが、結局今になって思うのはごく当たり前のことですが犬を飼うという事は永遠に幼い子供が1人いるようなもんなんだということです。
今、私達を通り越して老いを迎えようとしている小雪を見ていると「よし、これからが本番なんだ。これから老いていって段々自分の事も出来なくなるかも知れないけど、だからこそこれからの小雪には私達が必要なんだ。」と強く思うのです。

犬を飼うという事は家族が1人増えるという事です。それも永遠に子供のままの……。
そして家族であるからにはたとえ老いて自分で自分の事が出来なくなりボケてしまったとしてもその命が終わるまで最後まで出来うる限り(いろいろ事情はあるとおもいますが)の事をして快適に暮らせるようにしてやるべきだと私は思っています。

振り返ってみると小雪はいつもその存在全てで私達を支えてきてくれました。
小雪は特別な犬ではありませんので何かを私達にしてくれるというわけではないのですが、ただ小雪が側にいてくれるというだけで私達は勇気づけられ癒されていたのです。
そんな小雪との生活を会話風に書いてみました。小雪が見たら「エ〜、ぜんぜん違うわ。勘違いもはなはだしいわ!」って思う所もあるかとは思いますが小雪を代弁して出来るだけ小雪の気持ちに近づいて書いたつもりです。お時間がありましたら覗いていって下さいね。
長い文章をここまで読んで下さった皆さんありがとうございます。どうぞ、楽しんでいって下さいね!
(上のイラストは小雪のお友達のまりちゃんのお母さんに書いていただきました。写真は見ない方が皆さんのためなので……。)



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