川俣 均委員長講演44年号)17講演概況   44年担当 【K・Y A】 P08

 

 

火種を育てましょう                     十月・神嘗祭祝祭  一月号・434号

神嘗祭は、かんにえのまつりともいって、毎年十月十七日、天皇がその年にみのった新穀をお初穂として、伊勢皇大神宮の大前に(たてまつ)るおごそかなお祭りです。

この神嘗祭は、約1200年前の第四十四代元正天皇のときにはじめて行われ、当時伊勢皇大神宮の相殿の神にましました八意思兼大神さまは、このお祭りを相嘗めに聞こし召されていたのですが、聖武天皇の天平九年に大神様が勅命により伊勢を去られてから後は、それは叶わなくなったのです。

昭和三年二月惟神会本部に御鎮座願ってからは、大神様は、公的(おおやけ)のお立場ではなく、氏神の総代表という私的(わたくし)のお立場であらせられますので、中祭(ちゅうさい)という形でご奉仕申し上げている次第です。

惟神会の最終最高のヴィジョンこそ、国教確立による大神様の伊勢への還御です。惟神会は、現界では一見小体に見えますが、国教確立を期する大いなる火種であります。

これまで受け継がれてきた大切な火種を、ますます大事に育て、一日も早くこの火種が猛然と燃え上がる日を期して、大御神業のために献身的努力をはらわねばならないのです

 

平田霊示を拝誦して                      十一月・秋季大祭  一月号・434号

平田篤胤大人命は、本会発足以来、いまもなお本会の霊界の会長として、我々会員たちをご指導ご監督くださっておられます。そして大神様とわれわれ人間たる氏子たちとの間の仲執り持ちのお役をつとめておられます。

霊界の平田先生から直接賜った御訓示が「平田霊示」ですが、今日はこの「平田霊示」のうちきわめて大切な箇所につき紹介し、所見を述べます。

 

明治百年か明治維新百年か                   十二月・月次祭  二月号・435号

ことしは明治百年になりますが、明治維新百年といったほうが良いでしょう。

明治百年の発展の原動力となったものは、明治維新を築き上げた維新の志士の心であり、はたらきです。なかでも平田先生の尊王思想は、明治維新の志士たちに多大の影響を与えました。

日本の歴史の流れは、天皇の御存在を抜きにしては、決して理解できません。日本の歴史は皇祖でありまた民族の大祖神であられる天照大御神にその端を発しています。

本日は、この明治維新がもたらした王政復古、天皇御親政を四魂具足の観点から見てみましょう。

 

氏 よ り 育 ち                         一月・月次祭  二月号・435号

「氏より育ち」という諺があります。「氏」とは家系や血統を意味し先天的な素質ですが、「育ち」は後天的な教育によって伸ばすことができるものです。これを惟神科学的に見れば、先天的素質は第二霊(本霊)にあたり、後天的素質は第三霊に相当するものです。

われわれ日本民族は、氏神による先住民族同化のもとに、大和民族としてそれぞれの「氏」を長い間持ち続けてきたのですが、それにもまして大切なことは、「育ち」ということについて、第三霊の問題を八意思兼大神さまから教えさとされたことです。

 

政治の神八意思兼大神                           二月・大神奉斎記念祭  三月号・436号

八意思兼大神さまは、政治・学芸・思慮・分別の神としてすなわち政治の神・智恵の神として、伊勢皇大神宮の相殿の御座に鎮まりたまわれたということからも、いかに天照大御神のご信任が篤くいられたかということが拝察されます。

古事記にも多く出てくるように、大神様は独断専行することなく、八百万の神たちと協議を重ねて物事を決められますが、これはすなわち、今日の議会制度の元になるものです。

大神様の本来のお立場は、政治の大神として、この日本の国を敬神崇祖・四魂具足という真の惟神の大道をもってお治めすることの一点にあります。

 

ことばとけがれ                                    二月・月次祭  三月号・436号

ことばには言霊(ことだま)といって精霊(たましい)がやどっているから、ご神前で祝詞を奏上するときは、その祝詞に盛られたよきことばや、めでたきことばや、祈ることばを通じて奇しき魂のはたらきが出てくるのです。

四魂具足という神さまのことばをとなえておれば、そこに神人感合が成立するのですが、他人の悪口、忌み嫌う不浄のことば、きたないいやしいことばなどは、氏神様の感合など求め得べくもなく、邪神邪霊との感合を招きかねません。

ことばは人との交わりにおいて「心の使い」として仲介役をつとめるものです。生活のいたるところで「ことばによるけがれ」が生じやすいので、常に心に四魂を具足するよう努力しなければなりません。

 

日本民族同化と氏神                             三月・氏神奉斎記念祭  四月号・437号

民族のあるところ必ず祖神があります。日本民族の祖神は氏神です。

ニニギノ命は、天降られた後、人を直接同化されずに、先ずニニギノ命の第一世の御子神を四魂具足の真神霊にまで同化されました。そしてこの御子神たちが先住アイヌ民族を四魂民族にまで魂の同化をされました。この御子神たちは、それぞれ領域をもたれ、その数は168柱で、現在、氏之祖ノ神すなわち氏神と申し上げています。

ゆるぎなき氏神信仰のもとに日本民族同化が完全に行われることが、地上における人間の理想郷(ユートピア)でしょう。

 

随 想 二 つ   【原文で掲載】A型式                        三月・月次祭  四月号・437号

、病 は 上 手(じょうず) に 

病気とは、惟神科学的に申せば、第一霊(体霊?両親から授かり、肉体の細胞の働きを司る)と第二霊(出生と同時に氏神から授かり、人間の意識や概念構成の主体となる)とが調和を欠いた状態といわれてます。そしてこの両者の不調和をもたらすのが邪悪な第三霊の仕業です。

ですから、常に信仰を高めて、反省を怠らずに自己修養につとめて、善良な第三霊をもつようにしたいものです。

(ひと)一寸(いっすん)わが一尺(いちしゃく)

人の一寸は見えるが、わが一尺は見えぬ」ということを略していったのが「人の一寸わが一尺」です。

人の欠点はよく見えるが、自分の欠点は見えない、という意味です。「他人を攻めるよりも自分を攻めよ」ということでもあり、常に反省、和魂を忘れてはならないところです。

 

最も古く最も新しい惟神の道   【一部現代文で掲載】B型         四月・春季大祭  五月号・438号

惟神の道とは、敬神崇祖・四魂具足という日本民族固有の道です。この道は、天照大御神の依さしたまい教え諭された道です。

そして惟神の道は、日本民族生成と同時に日本民族の向かうべき道としてこの日本の国に確立された道でありますので、もっとも古い道であることがわかるのです。

そして惟神の道は、民族同化の神、氏神の授けられる第二霊という民族魂をとおして、常に新しく生き続けているのです。すなわち惟神の道はもっとも新しい道でもあるのです。

 

御神徳について                                    五月号・月次祭  六月号・439号

御神徳を頂くためには、常に自分の魂を清めておく必要があります。換言すれば、御神徳の受け入れ態勢をととのえておくということです。

祓ももちろん必要ですが、つねに、自分を四魂具足という絶対善の物差しをもって反省して、四魂不具足に陥らないように努力すべきです。

自 由 に つ い て                                    六月・月次祭  七月号・440号

自由という字は、(みずか)()ると書きます。由る、ということは、従うということであり、(のっと)ることであります。則るということは、すなわち従うことでして、模範として(なら)うことであります。ですから、自由とは、自ら従い、自ら則ることです。

しからば自ら何に従い、何に則るかと申せば、それはもちろん四魂具足そのものに従い則ることでなければならないのです。

自由とは単に既成の拘束から解放されることではなく、自覚的な自主的向上がないところに自由はありえないのです。

 

ほん物とにせ物                                  五月・創立記念祭  八月号・441号

多年にわたり「にせ物」の信仰にそこなわれて、敬神崇祖・四魂具足という「ほん物の信仰」を見分ける(めい)の無い人たちに、本会の真の惟神の信仰を説得して入信させることは決してなまやさしいことではないのです。

 

惟神の道宣布と祖国愛                                七月・月次祭  九月号・442号

神人交通の中で「四魂具足の惟神の大道を宣伝する上において先ず日本精神たる祖国愛を宣伝する必要がありませんか」の問いに対し、「あります」と祖国愛を大いに強調宣伝する必要があると、神界では仰せられているのです。

従って、惟神の道の宣布は、祖国愛を強調して民族の自覚を促すことが必要なのです。明治維新の大業も、尊皇、祖国愛のほとばしったところから成就されたのです。

 

チームワーク 共同協力作業 について                      八月・月次祭  九月号・442号

われわれ惟神会会員は、惟神会というわが国唯一の国教確立を目指しているチームメートですから、その実効を期するためには、会員全体の完全なチームワークが必要です。

国教確立のためには犠牲をいとわず一致団結それこそ水も漏らさぬ全惟神会的チームワークがとられなけばならないのです。

 

健 康 の 意 義                                     月・月次祭  十月号・443号

御神示によれば、病気とは、第一霊と第二霊との不調和の場合に起こり、この不調和をもたらすものは邪悪な第三霊といわれています。ですから、つねに反省を怠らず四魂具足ひとすじにつとめ、罪穢れを去って神与の第二霊を磨くとともに、第三霊が浄化したものと後退するように辛抱強く信仰の向上をはからなければなりません。

 

再び神人感合について                                十月・月次祭  十一月号・444号

神人感合とは、まず惟神の道をよく理解し、四魂具足の行いにつとめることによって、氏神様のみいつが直接氏子の本霊(第二霊)に感合することです。従って常に本霊を磨くことはもちろん、邪悪な第三霊が善良な第三霊と交替するように、自己修養すべきです。

神人感合を得るためには、先ず第一に、四魂具足にいそしみはげまなければなりません。

氏神信仰は、その形においては、敬神は崇祖にありとありますが、その内容となるものは四魂具足です。

 

神人断絶を憂う                                 十月・神嘗祭祝祭  十一月号・444号

現在は、日本人の多くが神人断絶という憂うべき状態にあります。

神人断絶を解消し、進んで神人感合の状態を確立しなければなりません。

神人断絶を超克(困難を乗り越え、これにうちかつこと)して、真の氏神との神人感合のまにまに、政治に、経済に、また文化や教育にいそしみはげむことが、大和民族本来の在り方です。

                                          以 上

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