証明<7>

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 収穫の季節を迎えたドワーフの集落では、豊作を祝っての宴会が行われていた。
 なぜか上座に座らされたオルの前には、所狭しと料理が並べられている。半年近くも何とも言い様の無いマイラの手料理を食べ続けていたオルにとっては、実に久しぶりのご馳走だ。ドワーフの不器用な踊りに目を細めながら、オルは満足気に下鼓を打っていた。
「あははぁ。楽しい」
 踊りから抜け出してきたマイラが、酒筒を手にしてオルの隣に座った。
「はぁい、お酒持ってきたわよ。いっぱいあるからねぇ。」
「ん、すまん・・・あ、おまえもしかして酒飲んでるな!?」
 マイラの顔は耳まで真っ赤である。さらにその目はいささか焦点があわず、いかにも酔いましたと言ってるようだ。
「いいのぉ。宴会なんだからぁ」
「まったく、しょうがねぇ奴だ・・・お、おい!?」
 呆れ顔のオルに、マイラがいきなり寄り添ってきた。
「オルぅ」
「な、なんだ?あんまりくっつくなよ」
「やだぁ。離れないもん」
 甘えた声を出しながらマイラはオルの腕に頬をすり寄せた。
(ま、まいったな・・・)
 オルは鋭い視線を全身に浴びるのを感じた。皆、酒や料理を口にしたり隣の者と喋りながらも、チラチラと二人の様子をうかがっている。
「ねえ、オルぅ」
「な、なんだ?」
「あたし、もう子供じゃないの」
「は?あ・・・いや、あの・・・わ、わかった。わかった」
 思いもよらないマイラの行動にオルはすっかり狼狽てした。少女特有の甘いような薫りが、ほんのりと漂ってくる。
 と、その時。
「マイラ、ちょっと料理を運ぶの手伝って」
「えぇー?・・・はぁい」
 母親に手招きされたマイラは、しぶしぶ腰を上げた。
「ふぅ、助かった・・・」
 オルは安堵のため息をついた。しかしそれはマイラから解放されたから、というわけだけではなかった。
(もしあのままだったら・・・)
 いくら大人の男としての最低限のモラルは持ち合わせているつもりでも、所詮は男である。いつまで本能を押さえ切れるものではない。
(考えてみりゃすっかり御無沙汰してるしなぁ・・・あ!?)
 オルは、ハッと思い出した。かねてからの疑問<ドワーフは人間と何が違うのか?>
(俺は今ドワーフの宴会にいるのに、何も気にならないで酒を飲んでいる。それにマイラが擦り寄ってきた時には・・・ そうか!)
 この時、オルの疑問は確信に変わった。
(人間とドワーフは・・・同じ種族だ!)
 人間と同じような姿をして人間と同じような言葉を話す、 人間と歯異なる者ドワーフ。
 だが、オルの目の前で酒を酌み交わし歌い踊る者たちは、どう見てもどう考えても人間と<同じ姿>をして人間と<同じ言葉>を話している。確かにその容姿は皆筋骨隆々であるが、肉体労働に明け暮れている事を考えれば、それは当たり前である。男たちが無愛想なのも噂通りだが、山間部に暮らす民族には無口な者が多いものだ。なによりもマイラが傍らにいても何の違和感もなく、それどころか一瞬ではあるが性的刺激を受けたのだ。
 ドワーフは人間の小数山岳民族の一つなのであろう。しかし僻地に住む小数民族など各地に数多く存在するのになぜドワーフだけが<異民族>呼ばわりされるのだろうか?
(内向的すぎるから、誤解されたんだな)
 ドワーフはかつては他の民族と共に普通に暮らしていた。 がなんらかの事情で山間部に移り住み、やがて世の中から忘れられた存在となった。ドワーフが排他的な気質になってしまったのは、他との交流がなくなったからであろう。だがそれだけならば未知の存在なのだから<異民族>になるはずがない。おそらくはたまたま山を下りたドワーフを見かけた者が、あるいは偶然ドワーフの特異な集落を見つけた者が何等かのいさかいに巻き込まれ、興奮と恐怖のあまり『人間みたいな奴が・・・』と言い、その話におひれが付いてあっという間に広まってしまったのであろう。人との付き合いが不器用な者は常に世間から誤解をうけてしまうものである。
(隣り合って住んでいる民族同士だって偏見があるんだ。噂話しだけであったことがなけりゃ余計そうなるか)
 相変わらず続く不器用な踊りが、オルの目にはドワーフの全てとして映っていた。
 と、その時。
 ドカッ!
 突然マイラの父親が、オルの目の前に腰を下ろした。
「飲め!」
「え?あ・・・す、すいません」
 あわてて杯を差し出すオルの頬がわずかに引きつっている。実はオルがマイラの父親と口を利くのはこれが初めてなのだ。娘が四六時中付き添っている男に対し何も言わないのをオルは不思議にまた恐怖に思っていたのだが、ついにその父親がやってきた。目の前で見ると、その厳つさと無愛想さは他の者の比ではない。
(殴られるんじゃないだろうな?)
 オルは無意識のうちに首をすぼめていた。
 ところが・・・
「おまえ、マイラをどう思っている?」
「はい?」
 マイラの父親は、以前にオルが畑で出会った青年と同じ質問をしてきた。
「どうって・・・その・・・気立ては良いし、可愛い娘だと 思う。」
 拍子抜けをしたオルは、とりあえず当たり障りの無い返事をした。自分の娘を誉められて怒る父親はいない。
「可愛い?」
 マイラの父親はまたしても予想もしなかった反応をした。
「マイラが・・・可愛い?親が言うのもなんだが、あいつは 村一番の不細工だ」
「・・・はい?」
 オルは呆気に取られた。今まで何かと世話を焼いてくれるというひいき目もあるだろうが、マイラはオルにしてみれば間違いなく美少女である。あまりにも美的感覚の違いに、オルはつくずくマイラが気の毒になった。
 と同時にオルは、以前畑で青年と話した後に来たマイラが 『あたしの悪口を・・・』と言った事を思い出し、そして納得した。まったく<可愛くない>マイラは男たちの嫌われ者なのだ。おそらく青年たちから何かにつけて苛められていたのだろう。それにひきかえオルは嫌な顔せず手料理まで食べてくれる。マイラが四六時中離れようとしないのも当然の事かも知れない。
(これじゃ異種族扱いされるよなぁ)
「おまえに言っておく」
 マイラの父親は立ち上がると、ため息を吐くオルを鋭く見据えて言った。
「俺は人間は好きではない。だがお前は別だ」
「はあ?」
 何の事か理解できずにいるオルに背を向けて、マイラの父親は席に戻っていった。
(別だって何がだ?)
「やれやれ。鈍いんだねぇ人間の男って」
 ただ首を傾げるオルを見た中年の女が、呆れながら呟いた。


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