証明<5>

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 程なく歩いた所に、ドワーフの畑はあった。その一画だけ一本の立木もない所をみるとどうやらわざわざ開墾したらしい。整然と植えられた作物の間では、男たちが雑草取りに精を出している。
「ふうん・・・」
 オルは関心の眼差しでその光景を眺めた。<未開の異民族>であるはずのドワーフが、食物を栽培をしているとは思いもよらなかったし、しかも植えっぱなしでなく、きちんと手入れまでしているのだ。
「なんだ。人間と変わらないじゃないか」
「どう思ってたの?あたしたちの事」
「あ、いや。どうって・・・」
 普段はドワーフのことなど頭の中にあるはずもないオルは、返事に窮した。まさか『動物の毛皮を腰に巻いて、石斧を文回してるかと思ってた』などと言えるはずもなく、ただひたすらウンウンと頷くのが精一杯である。
 と、その時。
「マイラ!」
 畑の中から、大きな声が響いた。見ると、雑草を手にしたいかつい中年の男が、マイラに向かって手招きしている。
「あ、お父さんだ。ちょっと待っててね」
 そう言うと、マイラは小走りで父親の所に行った。マイラの父親は一瞬オルに鋭い視線を浴びせ、マイラの肩に手をやって畑の中に消えていった。
 いきなり一人になってしまったオルは、適当な切り株に腰を下ろし、マイラが戻ってくるのを待った。畑を見るのも飽きて手持ちぶたさの余り石ころを杖で突いていると、一人の青年ドワーフがオルの傍らにやってきた。
「・・・なんだ?」
 目の前で仁王立する青年に気負されしたオルは、ことさら平然を装った。ここで相手になめられてはテグリム騎兵隊の名がすたる、と思ったからだ。まるで他の犬と鉢合わせをした散歩中の犬のような行動だが、所詮騎兵隊の兵士などこんなものである。
「おまえ、マイラをどう思っている?」
「はぁ?」
 眼光鋭い青年が、思いもよらない質問をしてきた。
「どうって、どういう事だ?」
「だから、どう思っている?」
「いや、だからな」
「マイラを、だ」
 話がまるで噛み合わない。五体満足であれば『馬鹿にしているのか!』戸斬り掛かっている所だが、歩くことすらままならない身であるし、ましてや相手は頑強なドワーフである。ここはとにかくおとなしく対応する意外に術はない。
「なにを聞きたいのか、わかりやすく言ってくれないか」
「マイラを、気に入ってるのか?」
(あ、そういう事か!)
オルはポンと手を叩いた。
(妬いてるんだな)
 オルがこの集落にかつぎ込まれてから四日程だが、その間マイラはオルに付きっきりである。可愛いマイラは、この周辺の地のドワーフ達の間では、おそらく人気者なのであろう。その<アイドル>がいきなり現れた人間の男に付きっきりとなれば男達の心中は穏やかであろうはずがない。
(親父さんがマイラを呼んだのも、それを心配しての事だな。まったく、姿形どころか考える事も人間に似てやがる)
 オルは半分呆れながらも、こみ上げてくる笑いを必死に耐えた。
「まず言っておくが、お前の気持ちはよくわかる」
「そうか。わかるか!」
 青年はいかつい体に不釣り合いな笑みを浮かべた。
「確かにマイラは俺の傍らにいる」
「そうだ」
「だけどな、マイラは俺の看護をしているだけだ」
「あ、ああ・・・」
 その時、青年の顔から笑みが消えた。
(こいつ、俺が言ってること信用してないな)
 オルは少々不安になったが、とにかく話を続けた。
「それに、あいつは何歳だ?」
「十四だ」
「だろうな。言っとくけど俺はそういうしゅみはないからな。大体よく考えてみろ。俺は人間、マイラはドワーフ。余計な心配しなくていい」
「そうか・・・」
(こいつ、やっと理解したか)
 これで青年も安心しただろう、とオルは思った。
 ところが、なぜか青年はガックリとうなだれると、力ないため息を吐いて、とぼとぼと畑へと戻っていった。
(なんなんだ、あいつは?)
「オルぅ」
 青年の反応にオルが首を傾げていると、マイラが畑の中から走ってきた。
「ねぇ、今何の話をしてたの?」
「・・・マイラの事だ」
「えぇ?あたしの事?」
 そう言うとマイラは頬を膨らませなががら、畑の方を睨み付けた。
「どうせあたしの悪口を言ってたんでしょ?」
「はぁ?そんな事は言ってないぞ。あ・・・おまえ、あいつと仲悪いのか?」
 ドワーフにも仲たがいがあるのだろう。それに男というものは、可愛い子をついつい苛めてしまうものである。もっとも、それは子供のする事ではあるが・・・
(結局あいつはマイラが好き・・・いや、それにしては様子が違ってたな)
「あいつ嫌い」
 頬を膨らませたままのマイラは、オルの隣に座り込んだ。
「あんまり俺にくっついてると、親父さんが心配するぞ」
 オルはほんの少しマイラから離れようとした。先程から畑の中からいくつもの鋭い視線を感じているのだ。恐らく男たちが陰から二人の様子を伺っているのだろう。こうしてみると、ドワーフが無愛想だという噂も、納得できなくもない。
「心配?どうして?」
 マイラが怪訝な表情で、オルの顔をのぞき込んだ。
「どうしてって・・・さっきそれで呼ばれたんだろ?」
「違うわよぉ」
 オルの心中など察するはずもないマイラは、大きな声で笑うと満面に笑みを浮かべて腕を組んできた。
「父さんはね、オルの面倒をきちんと見ろって言ったの」
「はぁ?」
 何が何だか状況がさっぱり分からなくなってきたオルは、額に手をあてがってうなだれた。姿形も行動も人間と同様と思えたドワーフであったが、こういう事態を考えるとやはり<異種族>としか思えない。体調が不全の状態であれこれ考え事をしたオルは、次第に気分まで悪くなってきてしまった。
「どうしたのオル?具合が悪いの?大丈夫よ、あたしがついてるから」
(あたしがって・・・おまえのせいでこうなったんだろうが)
 軽いめまいをおこしながら、オルは心の中でマイラに毒ずいた。


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