証明<2>

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(・・・ここは?)
 薄暗い岩壁の部屋の中で、オルは目を覚ました。その一角に掘られた小さなくぼみの中に、灯油の明かりが揺れるのが見える。どうやら命だけは助かったらしい。
(何時・・・いや、何日過ぎたんだ?)
 長い時間寝すぎたせいか。頭がぼうっとしている。しばらく天井を眺めていたオルは、おもむろに体を起こした。
 ズキッ!
「いてっ!痛ぅぅぅ・・・」
 とたん全身に激痛が走り、オルの顔は苦痛に歪んだ。身動きがとれないまま、息だけが荒くなる。だがそのおかげで意識がはっきりとした。
「な、なんだこりゃあ?」
 手と腕と胴体が包帯だらけになっている自分に気がついたオルは、目を丸くした。この分でいくと、おそらく下半身も同じ状態であろう。さらに良く見ると、指の先まで丁寧に包帯が巻かれている。
(そんなに酷い怪我だったのか・・・?)
 オルは戦の時を思い返してみた。騎っていた馬を突然射られ地面に転げ落ちた所を背後から斬り付けられた。その後の記憶はないが、少なくとも指先を斬られた憶えはない。
 もっともいい加減な手当をされるよりは、はるかにマシである。オルは、負傷兵に冷淡な軍の実情を思い出した。斬られても「包帯を巻いとけ」で済ましてしまうし、重傷を負ったりしたら「足手まといになる」と、逆に大刀で斬り捨てられてしまう。
 テグリムの騎兵隊が勇猛果敢なのは、そういう所にも理由がある。なにしろ敵を殺さなければ自分が味方に殺されるのだ。もしあの戦いで味方が敵を打ち破っていたならば、負傷していたオルなどは、今頃はベットの上でなく土の上で永久に眠っていただろう。
(結局、敵に助けられたようなものか・・・)
 皮肉な結果にオルは苦笑した。
 と、その時
 キィィィ
 部屋の扉が開き、オルはとっさに身構えた。と言っても包帯だらけの体では、握り拳をつくるのが関の山だが。
「きゃあ。起きたぁ!」
 黄色い声とともに部屋に飛び込んできたのは、小柄な少女だった。歳の頃は十代半ば位だろうか。くりっとした目を輝かせた少女は、呆気に取られているオルをじっと見つめ、一気に喋り始めた。
「あぁよかったぁ。あの時はびっくりしちゃったのよ、死んでるかと思ったの。だって血まみれで倒れていたんだもん。あのままだったら狼に食べられてたわよ。あたしが手当して、包帯だって巻いてあげたんだから。大丈夫?痛いところある?」
「・・・」
 表情をころころ変えながら話す少女に、オルはただ圧倒されていた。握っていた手から力が抜ける。
「ねぇ、あなたどこから来たの?」
「・・・え?」
「だって、見たことない顔つきしてるから。」
 そう言われてオルは、自分が遠く異境の地にいることを再認識した。よく見ると少女の顔は、ほりが深く髪は栗色。黒髪でさほど鼻の高くないオルとは、明らかに民族が違う。
 オルは多民族の連合国家の兵士であるから、いろいろな顔つきの人々を見てきた。だが少女のような顔は、見るのは初めてだ。
 ちなみにその言葉もオルの故郷の言葉とは、やはりまったく違う。ただ、オルは数多くの民族との交流の中にいたので、他の地域の言葉も理解できるし、ある程度話すこともできる。少女の話す言葉はわかるが、その顔つきは見たことがない。ということは、ここはテグリムに属する民族系の、山岳小数民族の集落なのかもしれない。
「世話をかけたな、ありがとう」
 とりあえず<敵地>でなさそうだと考えたオルは、ひとまず少女に看護の礼を言った。
 同盟下の他民族から好意をうけた場合は、その相手がたとえ子供であってもきちんと礼を言う。それがテグリム騎兵隊の鉄則の一つである。素直に頭を下げるものに対して、嫌な印象をもつ者などいない。多民族を抱えるテグリムが一枚岩の強固な大国家となったのは、こういった処世術を一つ一つ確実に行っていたからだ。
「ううん、いいの」
 少女が笑顔で答えた。薄暗い中にもはっきりと分かるその屈託のなさに、オルは安堵のため息をついた。

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