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★1月28日 木曜日★
昨日にも増して、真琴は言葉を発さないようになっていた。
つまりこれは、確実に真琴の最後の時が迫っていることを意味していた。
浩平(…)
もうオレには、絶望する気力すらなくなっていたのかも知れない。
ただ、時が静かに手からこぼれ落ちてゆくのを、成す術もなく見守っているだけ
だった。
それでもただひとつ。
真琴と一緒にいることだけはやめなかった。
ちりん。
真琴は手首の鈴で遊んでいた。
オレも一緒に遊んでいた。
真琴に「遊ぶ」という思考が残っていること。
これだけがせめてもの救いだと、オレは感じていた。

眠っている真琴をリビングに残し、オレは由紀子さんの部屋で彼女の持ち物を探っ
ていた。
何のためにこのようなことをしているのか自分でも分からない。
真琴を救う手がかりを捜しているのか。
いや、それは無い、と既に知っているはずだ。
だからオレのこの行為は、真琴の全てをオレの中に取り込みたい、という願望か
ら行われているのかもしれなかった。
あるいは、この行為そのものが目的なのかもしれない。
正気の沙汰ではないのだろう。
頭の中が真っ白で何も考えられない。
とにかく、ひたすら真琴の持ち物を漁っていた。
すると、1枚のプリント機のシールに気がついた。
真琴が1人で写っているやつだ。
それを見てオレは思いだした。
浩平(そういえばツーショットで写りたいって言ってたよな)
そしてあることを思いついた。
その時、ドアベルが鳴った。

玄関のドアを開けると、美坂と天野が立っていた。
そこでオレは言った。
浩平「予定変更。これから外食しよう」
美坂「どうして?」
浩平「思い出は一つでも多い方がいいからな。付き合ってくれるなら、当然オレ
   のおごりだ」
オレがこう言うと、2人とも何も反論しなかった。
浩平「それじゃ、真琴を呼んでくるから、待っててくれ」
美坂「待って」
浩平「ん?」
美坂「服はどうするの?」
浩平「どういうこと?」
美坂「あたしたちは制服よ。制服の生徒と私服の人が一緒に食べてたら、妙じゃ
   ない?」
浩平「う…意外に細かいことを気にするんだな」
美坂「別に細かくないと思うけど。それに、制服を着せてあげた方が、真琴のた
   めにもなると思うわ」
浩平「それはそうだろうけど…。でもいいのか?汚すかもしれないぞ」
むしろ今の真琴なら、汚さない方が珍しいかもしれない。
美坂「それなら大丈夫よ。演劇に使うときだって汚すときは汚すんだから」
浩平「…確かにそうだな。分かった。着替えさせてくるよ」
美坂「折原君も着替えるの忘れないでね」
浩平「そこまでドジじゃないって」

リビングに戻ると、真琴はまだ眠ったままだった。
浩平「おい、真琴」
真琴の額に手を乗せる。
真琴「…?」
目を開いてオレを見た。
浩平「これから外に食べに行こう。美坂や天野も一緒だ」
真琴「うん」
浩平「それじゃ、早く起きて着替えないと」
そうやって真琴を起こし、制服に着替える手伝いをしてやる。
浩平(そういえば前に一度、一緒に着替えたとか何とか言ってたっけ)
結局あの真相は闇の中だった。
そしてオレも着替えを終え、真琴を連れて玄関に向かった。
玄関で待つ美坂達にオレは言った。
浩平「それじゃ、しゅっぱーつ!」
天野「…折原さん」
浩平「なに?」
天野「どこに向かわれるのか、決めていらっしゃるのでしょうか」
浩平「う…」
商店街のどこかにファミリーレストランがあるのは知っているが、正確な場所ま
では知らなかった。
浩平「ごめんなさい、教えてください」
美坂「何やってるのよ、もう」

そしてファミリーレストランに着くと、オレ達は和やかに夕食をとった。
美坂も天野も笑いながら食べる、というタイプではなかったけど、それでもみん
な楽しんでいた。
真琴も表情からは伺えなかったけど、楽しんでいるに違いなかった。

レストランから出ると、オレは商店街の街並みを捜した。
それはすぐ見つかった。
浩平「おい、みんなであれやらないか」
美坂「あれ?」
オレが指差した先。
そこは、オレと真琴が良く通ったゲームセンター。
その軒先には、プリント機があった。
美坂「へぇ、折原君、あんなのに興味があったの」
浩平「う、うるさいな、たまにはいいだろ」
美坂「それもそうね」
時間帯のせいか、幸い、プリント機は無人だった。
そのプリント機の前にオレ達は並ぶ。
真琴を前に、オレがその後ろ、そしてオレと真琴の両側に美坂と天野が立った。
浩平「うう…こんな恐いお姉さん達に囲まれて、オレは何て不幸なんだ…」
すると美坂はポケットから何かを取りだし拳にはめると、天野に言った。
美坂「天野さん、この失礼な口の持ち主に制裁を食らわせるから、抑えておいて
   くれないかしら」
天野「わかりました」
そして天野はオレを羽交い締めにする。
オレは慌てて言い直す。
浩平「いや〜、きれいでやさしいお姉さん方に囲まれてオレは幸せだなぁ…」
美坂「何だか仕方無しに言ってるような気がするけど、ま、いいわ。せっかくの
   記念写真に、体積が増えた顔で写るのは可哀想だものね」
浩平「恩に着ます…」
そして再び並び直し、美坂が撮影ボタンを押した。
出てきたシールを手に取ると、オレはみんなに言った。
浩平「それじゃ、今日という日の記念に」
そしてシールをみんなに配る。
真琴の財布にも貼ってやった。
オレの財布にも貼った。
浩平「これでよし。それじゃ、今日はみんなありがとうな」
美坂「待って」
浩平「ん?」
美坂「忘れてることがあるわよ」
浩平「何が?」
すると美坂はやれやれという風に頭を振った。
美坂「全く、この唐変木は…。せっかくの機会じゃないの。あなたたち2人が一
   緒に写らなくてどうするの」
そしてオレと真琴はプリント機の前に並ばされた。
美坂「それじゃ枠のデザインは…これでいいわね」
浩平「ちょ、ちょっと待て!なんだこのハート形の恥ずかしいのは!」
美坂「あら、あなた達みたいな熱々カップルにはもってこいじゃないの」
浩平「熱々カップルって、おい、美坂!」
美坂「あら?これ書き文字も入れられるのね。それじゃ…」
浩平「こ、こら、『我ら永遠の愛を誓う』って何だよ!」
美坂「文字通りよ。それじゃ、向かい合って」
天野「はい、どうぞ」
浩平「うわっ」
オレと真琴は向かい合わせにされた。
美坂「抱き合って」
浩平「抱き合う?」
美坂「抱、き、合っ、て!」
浩平「は、はい、こうですか?」
オレは真琴の背に手を回す。真琴もオレの背に手を回した。
美坂「そして目線は前の方に。真琴もね」
浩平「うう…」
美坂「…表情が硬いわね。記念写真なんだから、もっと楽しそうにしないと」
浩平「こ、こうですか?」
美坂「そうね、それでいいんじゃないの」
天野「そうですね」
美坂「それじゃ、写すわよ」
浩平「はい…」
そして美坂は撮影ボタンを押した。
美坂は出てきたシールを取ると、オレに2枚シールを渡した。
美坂「はい、これ。真琴のとあなたの財布に貼ってね」
浩平「はい…」
オレは真琴と自分の財布に渡されたシールを貼った。
美坂「そして、これは記念に頂いておくわ」
美坂は1枚を自分の財布に貼る。
美坂「天野さんもどうぞ」
天野「はい」
天野も財布に1枚貼った。
美坂「残りは…街中に貼ろうかしら」
浩平「わっ!それだけはやめてくれ!」
美坂「冗談よ。残りは真琴にあげるわ」
美坂は真琴の鞄にシールを入れた。
美坂「それじゃ、今日はごちそうさま。ありがとうね」
天野「ありがとうございました」
浩平「おう、今日はありがとうな」
互いに手を振り合い、そして別れた。

家に帰った後、オレはまた真琴と一緒に鈴で遊んでいた。
寝る時間になっても、ベッドの中で遊んだ。
真琴が眠りに就くその時まで。

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