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★1月23日 土曜日★
浩平「ぶえっくしょぉい!」
自分のくしゃみで目が覚めた。
何だか、身体の節々が痛い。それにやけにクッションが堅い。
目の前の天井の位置もいつもと違う気がする。
何とか体を起こし、周りを見てみる。
どうやら床の上で寝ていたようだ。
裸で。
ベッドを見ると、真琴が寝息を立てている。
どうやら、寝惚けたままでベッドを明け渡していたようだ。
浩平(さ、寒い…)
このままでは本格的に風邪をひいてしまいそうなので、大慌てで服を探しだし、
身につける。
そして時計を見た。
浩平(…)
まだアラームが鳴るには10分も時間があるようだった。
だからオレは、真琴を起こさないように部屋から抜け出し、1階に降りた。
そして戸棚から体温計を探し出し、測ってみる。
浩平「37度5分…」
やはり少し熱が出ているようだ。
続いて風邪薬を探す。同じく戸棚の中で見つけた。
浩平(これって食後用だったっけ)
まあいい。どうせ後で食事すれば同じだ。そう思って飲んでしまった。
そして薬と同じ引き出しに入っていたマスクを付ける。
これで真琴に風邪をうつす心配はないだろう。
すると、2階からアラームの音が聞こえた。
浩平(すぐに真琴が降りてくるだろうな)
そう考えながら、朝食の支度を始める。
そのうち、階段を1段1段降りてくる音が聞こえてきた。
足音は徐々に近づき、そして真琴がキッチンに顔を出した。
真琴「ふぁ〜あぁぁ、おはよう…」
裸で。
浩平「ば、ばか!なんて格好…げほっげほっ!」
途中から咳で喋れなくなった。
真琴「こ、浩平!どうしたの?」
真琴は駆け寄ってきた。
浩平「お、オレのことはいいから、とにかく服を着ろ服を!」
真琴「え?」
真琴は自分の体を見た。どうやら気付いていなかったらしい。
真琴「あ、あう〜っ!」
大慌てで階段を駆け上っていった。
浩平「…はぁ…、病気知らずだよなあいつは…」
真琴「それで、今日は学校どうするの?」
朝食の席で真琴は尋ねた。
浩平「ん?行くつもりだけど?」
真琴「大丈夫?無理しないでよ」
浩平「大丈夫だって。これくらいの風邪、気合いで何とか出来る」
真琴「それならいいけど…」
浩平「大丈夫だって」
ちょっと頭がふらふらするけど…。
浩平「あ、そういえば」
真琴「どしたの」
浩平「お前、歯、磨いたか?」
真琴「み、磨いたわよ」
浩平「なんか嘘臭いな…」
真琴「あうぅ…だって、もう時間無いし…」
浩平「昨日の晩も磨いてなかっただろ」
真琴「え、なんで分かるの?」
浩平「そりゃあれだけ密着したら…歯磨き粉の匂いがするかどうかぐらいは…」
…あ…なんだか体温が上がっていくような…。
真琴「浩平、顔がすごく赤くなってるわよ。本当に大丈夫なの?」
浩平「ああ、大丈夫大丈夫…。とにかく…今はいいけど…帰ってから磨けよ…」
真琴「う、うん…」
…ああ…何だか世界が回る…。
真琴を図書室に送った後、オレは教室の自席で突っ伏していた。
北川「おう、朝から元気ないな」
声がしたので、オレは頭を上げて返事した。
浩平「…あ…ああ…」
北川「なんだ、風邪か?」
浩平「…ああ…そうみたいだ…」
家を出る前より体温が上がっている気がする…。
北川「まさかお前、昨日あの子と…」
浩平「…」
どうしてこいつはここまで的確に指摘できるのだろうかと思ったが、言い返す気
力も無いのでそのまま突っ伏した。
北川「もしかして、図星か?」
浩平「…」
北川「あちゃー、ついにやっちまったか。遅かれ早かれとは思ってたけど…」
オレは辛うじて動く右手で北川の上着の裾を掴んだ。
北川「どうした?」
そして突っ伏したままで声を絞り出した。
浩平「…言いふらすんじゃないぞ…オレはともかく…真琴が…」
北川「分かってるよ。オレはお前をからかうのを楽しんでるだけだからな」
浩平「…」
北川に何か言おうとしたが、気力もないし、目的は達成できたので、もう何も言
わなかった。
4時間目の授業が終わり、放課後。
授業中ずっと寝ていたせいか、かなり体調は取り戻せたようだ。
そんなオレの顔色を見たせいか、北川が実に残念そうに言った。
北川「あーあ、せっかくあの子に看病してもらえるチャンスだったのに、もった
いないことするなぁお前」
浩平「そんなチャンス、嬉しくも何ともあるかっ」
北川「ま、お前ならそう言うと思ってたけどな。あの子に心配させるくらいなら、
ってな」
浩平「…」
案外北川って、オレの良き理解者かもしれないな…。
浩平「それはそうと…」
そう言って北川の隣の席を見る。
浩平「今日は美坂、休みなのか」
北川「今ごろ気付いたのか」
浩平「朝からずっと突っ伏してたからな」
北川「理由…知ってるか」
浩平「何でオレが知ってると思うんだ」
北川「いや、オレが知らないから」
浩平「……とにかく、オレは知らないぞ」
北川「そうか…」
ん?今、北川の顔が何だか悲しそうに見えたが…。もしかして…。
浩平「北川」
北川「なんだ?」
浩平「あまりオレをからかってると、そのうち反撃に出るからな」
北川「それはどういう意味だよ」
オレは鞄を持ち、席を立ちながら言った。
浩平「『言葉通りよ』」
北川「え…な!お、おい、ちょっと待て!まさかお前っ」
浩平「『言葉通りよ』」
そしてオレは図書室に向かった。
浩平(そうか、北川がなぁ…)
図書室でオレの顔を見た真琴は、呆れたように言った。
真琴「ゴキブリ並みの生命力ね…」
浩平「それは褒め言葉として受け取っておくぞ」
真琴「ま、何にしても、浩平が元気になって良かったわよ」
浩平「ありがとう」
真琴「な、なんで真琴に礼を言うのよ。真琴は何もしてないわよ。むしろ、真琴
のせいで熱出したんだから」
浩平「あれ?単にオレがベッドから転げ落ちただけだと思ってたけど」
真琴「…はぁ…浩平ならそう言うと思ってたわよ」
浩平「何だよそれ」
真琴「それじゃヒント。浩平と真琴、どのように寝てた?」
浩平「え?いつも通り、オレが壁側で、お前が内側」
真琴「それで転げ落ちたのは?」
浩平「オレ」
真琴「変だと思わない?」
浩平「…あ」
真琴「まったく…。ま、そこが浩平のいいところなんだけどね」
浩平「…」
そう言われてしまうとオレには何も言い返せなかった。
天野「折原さん」
浩平「うわっ」
気付かないうちに天野が背後に立っていた。
浩平「あ、天野か、びっくりさせるなよ…」
天野「驚かせて申し訳ございません」
浩平「い、いや、驚いたのはオレの勝手だからいいんだけど…」
真琴「美汐〜♪」
天野は真琴の呼びかけにやんわりと会釈して返す。うーん、優雅だ…。
天野「折原さん。お話があります」
浩平「話?」
天野「はい。とりあえず、場所を変えましょう」
浩平「あ、ああ…。真琴も一緒か?」
天野「はい」
気のせいか、今の天野にはこれまでにない迫力を感じる…。
天野に連れられて、オレ達は中庭に出た。
そして天野は振り向き、オレ達に言った。
天野「まず、あそこは図書室です。静かに読書すべき場所なのです。雑談すべき
場所ではありません。このようなこと、私達の年齢になれば常識でしょう」
浩平「は、はい…」
真琴「あう…」
天野「それと」
天野は一呼吸おき、続けた。
天野「あなた方の仲がよろしいのは一向に構いません。むしろ私としてもとても
喜ばしく思います。ですが」
目を瞑り、また一呼吸おくと、天野は続けた。
天野「学内であのような話をするのは避けてください」
浩平「あのような?」
オレの言葉を聞くと、天野はやれやれと言いたげな顔をして言った。
天野「ベッドから転げ落ちたのは誰だとか、どのようにベッドで寝てただとか、
そういう話です」
浩平「あ…」
真琴「あう…」
真琴もオレも天野が言いたいことに気付き、赤面して俯いてしまった。
浩平「すみません…」
真琴「ごめんなさい…」
天野「分かっていただければそれでいいのです。それでは」
そして天野は会釈してそのまま立ち去ろうとした。
浩平「あ、天野」
天野「…何か?」
浩平「これから何か予定あるか?」
天野「…はい、申し訳ございませんが」
浩平「そうか…それは仕方がないな」
オレがこう言うと、天野は少し考えた後、言った。
天野「明日はいかがでしょうか」
浩平「明日?オレ達は構わないけど。な、真琴」
真琴「うん」
天野「それでは、明日ご一緒しましょう」
浩平「待ち合わせ場所と時間はどうする?」
天野「そうですね…この学校の校門に11時、でよろしいでしょうか」
浩平「分かった」
真琴「うん、それでいいよ」
天野「分かりました。では、明日またお会いしましょう」
そして天野は会釈し、中庭から出ていった。
後に残されたのはオレ達2人。
浩平「…なぁ真琴」
真琴「なに?」
浩平「天野って…あんなヤツだったのか?」
真琴「…真琴もちょっとびっくりしたよぅ」
浩平「学校では、あの手の話はしないようにしような」
真琴「うん…」
びゅう、と強い風が吹いた。
浩平「ううう、や、やっぱりまだ完全には治ってないかも…」
真琴「浩平、早く帰ろ」
浩平「うん、そうしよ…」
商店街のいつもの店で肉まんを買って、昼食代わりに食べながら歩いていた。
浩平「…ごめんな、真琴」
真琴「なにが?」
浩平「風邪がきっちり治ってたら、これから遊びに行けたのに…」
真琴「いいのよ。さっきも言ったけど、浩平が風邪を引いたのは真琴のせいなん
だから。それに」
真琴はオレの顔を見上げ、にっこりしながら言った。
真琴「おうちでだって、浩平と一緒なら楽しいわよ」
浩平「そうか…」
オレは鼻の頭を掻いた。…なんだか体温がまた上がってきたような…。
真琴「わ、浩平大丈夫?また顔が赤くなってきたわよ」
浩平「いや、これは心理的なものだから大丈夫と思う…」
ふと、ゲームセンターの軒先のプリント機に目が留まる。
浩平「相も変わらずの人気ぶりだなぁ…」
女子学生の人だかりが出来ていた。
真琴「浩平、撮りたいの?」
浩平「ああ、せっかくだし、と思ったんだけど…あれじゃなぁ…」
順番が回ってくるより先に熱で倒れそうな気がする。
真琴「また明日にでも撮ろうよ」
浩平「天野とか?ま、それもいいかな」
オレはお前とのツーショットが撮りたかったんだけどな。
真琴「浩平とツーショットで撮りたかったんだけど、今日は仕方ないわね」
思わずオレは笑い出していた。
真琴「え、なに?真琴、変なこと言った?」
浩平「い、いや、同じこと考えてたから、つい、おかしくてな」
真琴「ツーショットで、ってこと?」
浩平「そ、ツーショットで」
真琴「ほんと、真琴たちって似た者同士ね」
浩平「全くだ」
その上、待ち受けている運命まで似た者同士だなんて、これ以上ない皮肉だと思っ
た。
家に帰ると、オレはベッドの中で天井を見上げていた。
風邪薬を飲んだのだが、一向に眠くならない。
それでも外気に体を晒しているよりはと、ベッドに潜り込んでいたのだ。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
真琴「浩平、起きてる?」
浩平「起きてるよ」
ドアを開け、真琴が首を出す。
真琴「調子はどう?」
浩平「うん、熱は下がったんじゃないかな」
真琴「そう…」
浩平「どうした。またマンガでも読んで欲しいのか?」
真琴「えっ、どうして分かったの?」
浩平「だからいつも言ってるだろ、お前の考えそうなことくらい分かるって」
真琴「あう…」
浩平「でもいいのか?至近距離でオレのそばになんかいたらうつるぞ」
真琴「今日一日ほとんど一緒にいたんだから、うつるんだったら、もうとっくに
うつってると思うわよ」
浩平「う…それはそうかも」
真琴「そうそう」
浩平「それじゃ、ちょっと厚着するから、先にリビングで待っててくれ」
真琴「うん」
オレはベッドから抜け出し、パジャマの上にトレーナーを着込んだ。
浩平(これだけ着れば十分だろ)
そしてオレはリビングに向かった。
リビングでは真琴が待っていた。
マンガ本の山と一緒に。
浩平「…読む気まんまんだな、お前」
真琴「でも、読むのは浩平」
浩平「そりゃまぁそうだが…」
そこでふと、オレはあることを思い出した。
浩平「そういえばお前、歯、磨いたか?」
真琴「え?え?」
どうやら磨いていないらしい。
浩平「磨いてこい。読むのはそれからだ」
真琴「そんなぁ…」
浩平「というかお前、前まではちゃんと磨いてたじゃないか。どうして急に磨か
なくなったんだ?」
真琴「…歯磨き粉が辛いの」
浩平「辛い?」
真琴「うん…」
浩平「だったら今日の帰りにでも、子供用の歯磨き粉でも買ってくれば良かった
じゃないか」
真琴「…」
オレには思いあたる節があった。
浩平「歯ブラシ、持てないんだな」
真琴「……うん」
浩平「分かった。ちょっと待ってろ」
真琴「え?」
オレは洗面所に向かい、歯磨き粉と真琴の歯ブラシとを取ってきた。
そしてリビングに戻ると、ソファーを背にして床に座り、両手両足を開いた。
浩平「ほら、磨いてやるから、来いよ」
真琴「えーっ、イヤよそんなの…」
浩平「お前が磨けないんだから仕方が無いじゃないか。ほら、遠慮するなって」
真琴「あう…」
しばらく真琴は悩んでいるようだったが、観念したらしく、オレに背を向けても
たれかかった。
オレは手に持った歯ブラシに歯磨き粉を付ける。
浩平「ほら、口を開いて」
真琴「…うん」
真琴は遠慮しがちに口を開く。
浩平「そんな小さく開いても歯ブラシが入らないじゃないか。もっと大きく」
真琴「…あーん」
浩平「うん、それでいいよ」
そうしてオレは歯を磨き始めた。
浩平「お前…きれいな歯してるよな…」
真琴「…」
浩平「こんな言い方するとキザっぽいけど、大理石か石膏みたいだよ」
真琴「…」
浩平「なんだか…変な気分になってきた…」
真琴「…?」
浩平「あ、いやいや、熱のせいでなくてな」
真琴「…」
浩平「一緒に風呂入って、背中洗ってるときの気分ってのも、ちょうどこんな感
じなのかな…」
真琴「…」
浩平「なぁ…今度一緒に風呂入らないか?」
真琴「…!……!」
浩平「わわっ!冗談だって!泡飛ばすなよ、もう…」
真琴「…」
浩平「でもほんと、何故かドキドキしてきた…」
真琴「…」
浩平「…ドキドキして…なんだか気持ちいいなぁ…こういうのって」
真琴「…」
浩平「……っと。これで終了。ほら、洗面所行って口すすいでこい」
真琴は頷くと、立ち上がって洗面所に向かった。
そしてリビングに戻ってくると、開口一番、大声でわめき立てた。
真琴「もうっ、真琴が喋れないことをいいことに好き放題言って!」
浩平「だけど、お前が文句言ってたのって、一緒に風呂入らないか、ってところ
だけだったと思うけど」
真琴「それはそうだけど…」
浩平「ま、それはともかく。マンガ読むんだったろ」
真琴「う、うん」
浩平「どれを読むんだ?」
真琴「えっとね…」
そう言って真琴は一冊のマンガを拾い、オレのそばに座った。
真琴「これ」
浩平「なになに『彼方から 7巻』、ってこれ、続き物なのか?」
真琴「うん。13巻まで出てる」
浩平「長いな、それは…」
真琴「でもこれ、男の子が読んでも面白いと思うよ」
浩平「そうか…。というかちょっと待て。そういうことは、オレはこの続き物の
マンガを途中から読むということになるのか?」
真琴「うーん、そうなるわね」
浩平「だったら今日はこれはパスだ」
真琴「えーっ、なんでよぅ」
浩平「面白いマンガだったら、オレだって最初から読みたいからな。とりあえず
今日は別のマンガにしてくれ」
真琴「あうぅ、分かったわよぅ」
浩平「それから、このマンガの1巻から6巻まで貸してくれ。全部読み終わって
から、7巻から読んでやるから」
真琴「うん」
そうしてオレは、真琴から別のマンガを受け取ると、真琴と一緒に寝そべって朗
読し始めた。
今日も夕食の支度と片づけの当番はオレだった。手の調子が戻るまでオレが当番
をし続けると先に宣言しておいたから、真琴は何も言わなかった。
そうして夕食の片づけをしているとき、真琴はいつものようにリビングから浴室
に向かう途中でオレに声をかけた。
真琴「お風呂入るよ」
浩平「おう、しっかり温もれよ」
しかし真琴は動こうとしない。
まさか…。
浩平「お前、また一緒に風呂入らないのか、とか言い出すんじゃないだろうな」
真琴「え?だってさっき一緒に入るか、って言ってたじゃないの」
拭きかけの皿を落としそうになった。
慌ててキャッチする。
浩平「ば、ばかっ!あれは冗談だって言っただろ!」
真琴「なーんだ。意気地なし…」
浩平「ちょ、ちょっと待て!今のは聞き捨てならんぞ!」
真琴「ん?それじゃ一緒に入るの?」
浩平「ぐっ…」
自分の軽口が原因とはいえ、ここまで完全に罠にはめられるとは…。
手に持った皿を真琴に突き出しながら、オレは言った。
浩平「分かったよ!今すぐ片づけ終えるからそこで待ってろ!」
真琴「うん♪」
震えそうになる手を抑えつけながら、何とかオレは片づけを済ませた。
浩平「ほら、泡が入るといけないから目、瞑ってろ」
真琴「うん」
オレは真琴の髪を洗っていた。
浩平「今更だけど…お前、綺麗な髪してるよな…」
真琴「うん、真琴の自慢なの」
浩平「そうか…。でもいいのか?そんな大切な髪、オレなんかに洗わせて」
真琴「浩平は真琴の髪、乱暴に扱ったりしないよね?」
浩平「もちろんそうだけど」
真琴「だからいいのよ」
浩平「そ、そうか…。そら、そろそろ湯、かけるぞ」
真琴「うん」
シャワーの栓を捻り、湯で真琴の髪についた泡を洗い流す。
浩平「よし。これできれいになった」
真琴「それじゃ、今度は浩平が向こう向いて」
浩平「え?何をするんだ?」
真琴「今度は真琴が洗ってあげるのよ」
浩平「…分かった」
オレは真琴の言うとおりにした。
浩平「ふわぁ…」
真琴「気持ちいいでしょ」
浩平「…うん」
オレは真琴に頭を洗ってもらっていた。
浩平「これは…病みつきになるかも…」
真琴「だったらこれから毎日一緒に入る?」
浩平「う…」
真琴「今更恥ずかしがる仲じゃないでしょ。あんなこともしたんだし」
浩平「そ、そうは言っても、この風呂だと2人一緒に入るのはちょっと狭いと…」
真琴「だけどその分」
ぴと。
浩平「あわっ」
真琴「密着できるしね〜」
浩平「あわ、あわ、泡が目にっ!」
真琴「あ、ごめん、大丈夫?」
浩平「う、うん、何とか…。ってまだくっついてるのかよ」
真琴「え、ダメ?」
浩平「ダメというか何というか…オレがダメになりそう…」
真琴「え?」
浩平「…ふにゃぁ…」
真琴「あっ、浩平が壊れた!」
浩平「いや、まだ大丈夫…でもちょっと離れてくれ…」
真琴「う、うん…」
浩平「……はう…うー、どうなることかと思った…」
真琴「どうしたの?」
浩平「いや、気持ちよすぎて…」
真琴「なんだ、そういうことか。それなら…」
浩平「え?」
ぴと。
浩平「わわっ、また!」
すーりすーり。
浩平「わわわっ、う、動くな、ひぃぃー…!」
浩平「やっぱりこの浴槽だと、2人同時は厳しいな…」
真琴「うん、真琴もそう思う…」
浩平「それはそれとして…」
真琴「ん?」
浩平「湯に浸かる前にのぼせるようなことするなよ…」
まだ少し頭がふらふらしているようだ。
真琴「あれくらいで動じるようじゃ、浩平もまだまだだね」
浩平「いきなりあんなことされたら誰だって動じるって…」
真琴「そうかなぁ…」
浩平「そうだって…」
真琴「…」
浩平「…」
真琴「…」
浩平「ふふふ…」
真琴「え?」
浩平「おらっ!」
ばしゃぁっ!
真琴「きゃっ!何するのよ!」
浩平「さっきの仕返しだ!そら、もう一発!」
ばしゃぁっ!
真琴「あぅぅ…やったわねぇ!」
ばしゃぁっ!
ばしゃぁっ!
浩平「ぬ!二連発とは卑怯な!それならこっちにも考えがある!」
ばっさぁ!
真琴「わっ!洗面器使うなんてもっと卑怯じゃないのよぅ!それならこっちだっ
て!」
ばっさぁ!
浩平「く…そっちも洗面器を持ったか。これで攻撃力は五分と五分だな」
真琴「そうね」
浩平「では、尋常に…」
真琴「勝負!」
真琴「ねぇ…」
浩平「ん?」
真琴「お湯…なかなか溜まらないね…」
浩平「…ちょっとやりすぎたな…」
真琴「うん…」
オレは布団の中で呟いた。
浩平「うー、温まったのか余計に冷えたのか分からん風呂だったな…」
オレの向かいで真琴が答える。
真琴「ちょっとはしゃぎすぎたね」
浩平「あれがちょっとかっ!」
真琴「まぁまぁ…。それで、ほんとに冷えたの?」
浩平「ああ…そうかもしれない」
オレは少し鼻をすすった。
真琴「そっか…それじゃ」
浩平「え?」
真琴「今度は真琴が温めてあげるわよ」
そう言って体を密着させてくる。
浩平「お、おい」
そしてふたり、布団の中で抱き合う形になった。
浩平「そ、そうだ、ぴろは?挟まれてるんじゃないのか?」
真琴「ぴろならここよ」
さすがに心得たもので、ぴろは真琴の背中側に移っていた。
真琴「これで問題ないわね」
浩平「うう…」
真琴「…」
浩平「…」
真琴「んふ…」
浩平「…ん?どうした?」
真琴「…浩平の、鼓動を感じてる…」
浩平「ああ、オレも真琴の鼓動を感じる…」
真琴「ドキドキしてるよ」
浩平「そりゃこれだけ密着してりゃ…お互い様だ…」
真琴「…真琴たち…生きてるんだよね…」
浩平「そうだな…」
オレは天野の言ったことを思い返していた。
浩平(命を代償として得た、一瞬の煌めき…か)
それが、今オレが抱きしめているもの。
幻なんかじゃない、実体を伴ったもの。
血の通った、温かいもの。
真琴「どうしたの?」
浩平「ん?いや、温かいなぁ、って」
真琴「うふふ、真琴もよ」
そうしてオレは、真琴の命を胸に感じながら、眠りに就いた。
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