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★1月18日 月曜日★
ゆっさゆっさ。
体が揺れている。
声「起きて、起きてよ」
う…朝か?
声「起きないと遅刻しちゃうわよ」
この声は…真琴か?
真琴「ねぇ、起きてよ」
浩平「…うるさぁい、オレは眠いんだぁぁ…」
真琴「ふぅ…いい加減起きないと………踏むわよ?」
がばっ!
オレは跳ね起きた。
真琴はオレの横で跪いていた。
そうか、昨日は真琴の横で床の上に寝てたんだよな…。
真琴「あ、やっと目が覚めたようね」
浩平「…真琴…今のは冗談だろ?」
真琴「何が?」
浩平「踏む、って言ってただろ」
真琴「ん〜、でもあれで起きなかったらホントに踏んでたわよ」
浩平「マジかよ…」
真琴「さ、とにかく起きた起きた♪」
いつの間にか毛布を真琴に奪われていたので、オレは仕方なく立ち上がった。

鞄と服を自分の部屋に取りに行ったあとキッチンに行くと、真琴は既にテーブル
に着いていた。
猫「にゃっ」
猫も一緒だった。
浩平「お前、猫も連れてきてるのか」
真琴「連れてきたんじゃないわよ、ついてきたのよ」
浩平「同じようなものだって…。ま、そいつも朝食が必要だろうな。ちょっと待っ
   てろ」
オレは温めた牛乳を皿に取り、息を吹いて冷ました。
浩平「…ん、こんなものかな。ほれ」
そう言ってオレは皿を真琴に渡す。
真琴がこの皿を猫の前に置くと、猫はぴちゃぴちゃと牛乳を舐めだした。
真琴「…可愛い…」
食事中の猫を眺めながら、真琴は微笑んでいた。
浩平(そうやってるお前も相当可愛いんだけど…)
すると、真琴はオレの視線に気付いたらしく、オレの方を向いた。
真琴「どしたの?」
浩平「い、いや、何でもない」
真琴「…?変なの」
オレはこの場をごまかすため、何とか話題を変えようとした。
浩平「それで結局、こいつ飼うのか」
真琴「うん、そうだよ」
何とかごまかせたようだ。
浩平「すごい変わり身だな。一度は捨てたのに」
真琴「だって、あれはわざとじゃないもん」
浩平「へいへい」
真琴「それにね、真琴が記憶喪失になったとき、助けてくれたのがこの子だった
   ような気がするの」
浩平「この猫が?」
真琴「うん。お財布とか色々、置いていってくれたような気がするの」
こんな子猫にそんな大それたことは出来ないと思うが…。
浩平「それなら、この猫は拾得物横領で逮捕だな」
真琴「えーっ、そんなの可哀想よ」
浩平「だったらお前が身代わりになるか」
真琴「あうぅ…」
浩平「冗談だって。そういえばこの猫、名前はどうするんだ?」
真琴「名前?」
浩平「そ、名前。いつまでも、こいつ、とかじゃ可愛そうだろ」
真琴「んー。それじゃ浩平が名付けてよ」
浩平「オレが?何で?お前が飼い主だろ?」
真琴「でも、真琴に飼うように勧めたのは浩平じゃないのよ」
浩平「それもそうか。そうだな…」
オレは頭を捻った。
浩平「ネコにゃん」
真琴「そのまんまじゃない」
速攻で却下されてしまった。
浩平「ネコ山ネコ夫」
真琴「もうちょっとひねって」
ちっ、オレらしく素直でいいと思ったんだが。
浩平「キャット鈴木」
真琴「そんな売れないコメディアンみたいな名前はイヤ」
さすがにこれはオレも同感だ。
浩平「ネコ島平八」
真琴「嫌よ、そんなどこかの塾長みたいな名前」
オレの愛読マンガをいつの間にか読んでいたらしい。
浩平「それじゃ、ネコジステンパー」
真琴「猫の病気の名前なんて絶対イヤ」
くっ、いつの間にそんな知識を…。
浩平「じゃ、肉まん」
真琴「肉まん?」
浩平「そ、肉まん。お前好きだろ?」
真琴「いくら好きでも、食べ物の名前はやだっ」
浩平「それじゃ、ピロシキ」
真琴「ピロシキ?」
浩平「そ、ピロシキ。可愛いだろ?略して、ぴろちゃん、なんて呼ぶともっと
   可愛いぞ」
真琴「うん、可愛いけど…何か裏があるんじゃない?」
浩平「裏なんて無い無い。ホントだって」
真琴「ふーん、まぁ、可愛いからいいか」
そして真琴はネコに顔を近づけて、呼びかける。
真琴「今からキミは、ぴろ、だよ。いいよね?」
ネコ「にゃ」
真琴「あ、返事した!気に入ってくれたみたい」
浩平(冗談だったんだけど…)
ピロシキがロシアの揚げまんじゅうで、肉まんと同じ食べ物の名前だということ
は、
真琴「ぴろ、ぴ〜ろ♪」
言わないでおいたほうが良さそうだ。

浩平「それじゃ学校行くぞ」
真琴「うん♪」
浩平「ってお前、そいつ連れて行く気か?」
真琴はぴろを頭の上に乗せていた。
真琴「そうだよ」
浩平「そうだよ、じゃないよ…。いくら何でも学校にまで連れてはいけないぞ」
真琴「えーっ。だったら誰が面倒見るのよぅ」
浩平「う…」
弱った。真琴に飼うように勧めたとき、ここまでは考えていなかった。
もう少し大きくなっていれば留守番させるのも手だが、こんな子猫では到底無理
だ。
浩平「はぁ…分かった。だけど見つからないように気を付けろよ」
真琴「うん♪」

真琴と図書室で別れた後、オレは教室に向かった。
その途中、北川と出会った。
浩平「よぉ」
北川「おっはよー折原君♪」
浩平「………誰の真似だ?」
北川「美坂」
浩平「……まぁそれは置いといてだ」
北川「置いとくなっ!」
無視してオレは続けた。
浩平「この学校で、猫を黙って飼っていても見つからないような場所はあるか?」
北川「…何だよいきなり」
浩平「実は真琴がな…」
オレはあらましを北川に話した。
北川「…ふーん」
北川はオレをじっと見ていた。
浩平「お前が何を言いたいかよ〜く分かってるから、とりあえず今回は我慢して
   くれ」
北川「ああ」
北川はニヤニヤしていた。
浩平「で、心当たりはないか?」
北川「どこだっていいぞ、そんなの」
浩平「へ?」
意外な返答にオレは唖然とした。
北川「この学校には良く山犬が降りてくるんだ」
浩平「山犬?」
北川「山で育って、よりワイルドに逞しくなった野良犬だよ。こんなのが良く降
   りてきて校内をうろうろするから、猫ぐらいじゃ誰も何も言わない。クラ
   スぐるみで猫を飼ってるところもあるくらいだ」
浩平「そうなのか…」
非常に大らかな校風のようだった。
北川「さすがに学食に連れてくるとちょっとまずいかも知れないがな」
浩平「それはそうだろうな。そこは真琴に言っておかないと」
北川「しかしお前」
浩平「ん?」
北川「あの子の事になると、ホント一生懸命だよな」
浩平「なっ!」
北川「そう照れるな。むしろ胸を張っていいことだと思うぞ」
浩平「お前なぁ…」
始業のチャイムが鳴った。
北川が席に着いたので、オレも仕方なく従った。

授業中。
教室の中は静かだった。
鉛筆を走らせる音。時々聞こえる、ノートや教科書をめくる音。そして…。
寝息。
黒板には大きく「自習」と書かれていた。
ご丁寧に、課題のプリントまで配られている。
寝ているのは既にプリントを終わらせたヤツか、それとも捨てたヤツなんだろう。
ちなみにオレは既にもう終わらせていた。前の学校での貯金がまだ有効だったの
だ。
だから特にすることもなく、だからといって眠るには眠気もなかったので、ただ
ぼーっとしているだけだった。
ふと、何気なく美坂の方を見てみると、窓の外を眺めていた。
窓の外には中庭。
浩平(やはり気にはなるみたいだな…)
声をかけようとも思ったが、美坂の方から話してくるのを待った方がいいだろう
と思ってやめておいた。
浩平(………しかし………暇だ)
特にすることもないまま時間を潰すのはこんなに辛いとは思わなかった。

次の休み時間、美坂が話しかけてきた。
美坂「折原君。昼休みに少しいいかしら」
浩平「ん?昼休み?オレはその時間帯は学食で忙しいんだが」
美坂「…」
オレは美坂の表情から、軽口を叩いている場合ではないと判断した。
浩平「…分かった。場所はどこがいい?」
美坂「前のところ」
浩平「そうか、分かった。それじゃ、今から真琴に断ってくるから」
美坂「ええ」
オレは図書室に走った。

真琴「あ、浩平。どしたの?」
真琴のいる机には、何冊もの本が積み重なっていた。
どうやらマンガも読み尽くしたらしく、普通の本にも手を出しているようだった。
だけどその事に触れている時間はないので、いきなり本題に入った。
浩平「今日、昼食には付き合えないぞ」
真琴「えー。なんでよぅ」
浩平「ちょっと外せない用事が出来てな」
真琴「先週の土曜日もそんなこと言って、迎えに来るの遅かったじゃない」
浩平「あ、そうだっけ」
あの日は色々あったので、すっかり忘れていた。
真琴「そうだっけ、じゃないわよ」
真琴はまるであの日のことは何もなかったかのように振る舞っていた。
だからオレも真琴に合わせる。
浩平「悪い悪い、この埋め合わせはするから」
真琴「それじゃ、今日の夕食の後かたづけも浩平がやってよね」
浩平「そんなのでいいのか?」
真琴「いいわよ、別に」
浩平「安上がりなヤツだなぁ」
オレは苦笑していた。
浩平「あ、そうだ」
真琴「何?」
浩平「言い忘れてたけど、ぴろは学食に連れていけないぞ」
真琴「何でよぅ」
浩平「あの人混みの中、連れていけると思うか?」
真琴「あう…」
浩平「それに普通は飲食店関係はペット持ち込み禁止なんだ」
真琴「そうなの?」
浩平「ああ」
何故かこいつ、一般常識にはほんと疎いよなぁ…。
浩平「ただ学食以外ならどこをうろうろしてても問題ないみたいだから、適当な
   ところに隠しておけばいいと思う」
真琴「何で隠さなきゃダメなのよ」
浩平「こんな人懐っこいヤツ、猫好きなら誰でも連れて帰りたくなるぞ」
ぴろは真琴の足に体を擦り付けながら喉を鳴らしていた。
真琴「あうぅ…分かったわよぅ」
浩平「それじゃ、そろそろ授業だから。また放課後な」
真琴「うん」

昼休み。
体育館裏に行くと、美坂は既にそこで待っていた。
そしてオレに気付くと口を開いた。
美坂「まだ消えずにいるようね」
浩平「おかげさまでな。美坂もまだオレのこと覚えてくれているようだな」
美坂「あなたみたいなインパクトのある人、簡単に忘れたりしないわ」
浩平「そりゃどうも」
そしてしばらくの沈黙。しかしオレは美坂が話し出すのを待っていた。
美坂「……あたしね」
ようやく美坂が話し始めた。
美坂「あれからずっと、折原君が話してくれたこと考えてたの。あり得ないと思
   いながらも考えてたの。そしたらね」
美坂は言葉を詰まらせた。
美坂「…そしたらね、あたし、あの子のこと、栞のこと、思い出せなくなってる
   のに気付いたの」
浩平「…」
美坂「それだけじゃないの。あの子が後ろに立っていても気付かないときがある
   の。それもあたしだけじゃない。お父さんも、お母さんまで、栞のこと気
   付かなくなってきてるのよ」
消え失せる前には存在感が希薄になる。
薄々予想はしていたが、実際にそうなるとは。
それも、オレよりも先に、美坂の妹にこの現象が現れるとは。
…それほどまでに、美坂の想いは強いのか。
浩平「…美坂、妹のこと、大好きなんだな」
美坂は頷く。
浩平「だけど、その…栞って言ったか、その子、重い病気なんだな?」
また美坂は頷く。
浩平「そうか…」
やはり、美坂もまた、オレと同じような道を辿ろうとしているのか。
美坂「ねぇ…あたし、一体どうすればいいの?栞の存在を認めれば、弱ってゆく
   姿をただ黙って見つめてるしかない。私そんなの耐えられない!だけど、
   栞の存在を否定したって栞は消えてしまうんじゃ、私は一体…」
目を閉じて顔を伏せる美坂。
しかしオレにはこう答えるしかなかった。
浩平「分からない」
美坂「…分からない?」
美坂は顔を上げた。
浩平「あぁ、確かなことは分からない。だけど、もしかしたらと思うことはある」
美坂「どんなこと?」
浩平「オレの場合も美坂の場合も、哀しみのあまり現実を否定したことから全て
   が始まっている。だから、現実を否定せず受け入れれば、何とかなるかも
   知れない」
美坂「…折原君はそれじゃだめなの?」
浩平「オレか?オレの場合は盟約が有るからな。どうもキャンセルは効かないよ
   うだ。だけど美坂はそういう盟約はしてないからな」
美坂「…」
浩平「そしてもう一つは、多分、人の想いだ。ひと一人を消し去って他の世界に
   送り込めるのだから、消えようとしている人を引き留めることも出来るだ
   ろう」
オレはここで一息入れた。
浩平「実はオレ、一度消えかけたことがある」
美坂「え…」
浩平「前の学校のクラスメイトがオレのことを忘れた、と知ったときだ。だけど
   この時、この世界に引き留めてくれたヤツが居る」
美坂「もしかして…真琴?」
浩平「そうだ。もっとも、オレがそう思ってるだけなのかも知れないけどな」
美坂「そんなことは無いと思う。だってあの子…」
浩平「前にもそう言ってたよな。美坂がそう言うならそうなんだろう。どうして
   オレなんかにそんな思いを寄せているのかは分からないけど」
美坂「…折原君。あなたは自分で思っているよりずっといい人よ」
オレは頭を掻いた。
浩平「美坂にそう言われるとは光栄だよ。それはともかく、自分のせいで消えよ
   うとしているオレを真琴が引き留めることが出来たんだから、美坂のせい
   で消えようとしている美坂の妹を、美坂自身が引き留めることはもっと簡
   単なはずだ」
美坂「…」
浩平「あとは美坂の妹の病気だけど…これは人の想いでどうにかなるのかは分か
   らない。オレは結局みさおを助けることは出来なかったからな。人の想い
   の力では病気は治せないのかも知れないし、オレのあの時の想いは今の美
   坂ほどじゃ無かったのかも知れない。今となっては全く分からない」
オレは一度目を伏せ、そして美坂を見据えた。
浩平「ひとつこれは忠告しておく。想い叶わず妹を失っても、オレのようにはな
   るな。妹を悲しませるだけだ。妹を忘れようなどとも思うなよ。本当に妹
   のことを思うならな」
そして息をつき、オレは言った。
浩平「オレが力になれるのはここまでだ。後は美坂、お前次第だな」
美坂は呟くように言った。
美坂「…ありがとう」
浩平「礼なんか言わないでくれよ。本当にオレが言った通りかどうかも分からな
   いんだから。どうせ言うなら、何もかも上手くいってからにしてくれ。もっ
   とも」
オレはにやりとしながら言った。
浩平「その時、オレは居なくなってるかもしれないけどな」
そこで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
浩平「げ、昼食食べそこねた」
美坂は呆れたように言った。
美坂「…せっかく格好良く決めたはずなのに、今の一言で台無しね」
浩平「ほっといてくれよぅ…はぁ〜」
オレは空きっ腹を抱えてうなだれた。

放課後、商店街をいつものように歩いていた。
真琴「ねぇ浩平…」
浩平「ん?」
真琴「…浩平って、香里のことが好きなの?」
浩平「………は?」
オレは真琴の突然の質問に面食らった。
真琴「だって今日の昼休み、香里と会って話してたから…」
浩平「見てたのか?」
真琴「うん。お昼ご飯食べた後、暇だったから学校の中うろうろしてたら…。何
   を喋ってるのかは聞こえなかったけど」
聞こえなかった、と聞いてオレはほっとした。
オレが消えるなんてこと真琴が知ったら…。
浩平「そんな話、してるように見えたか?」
真琴「ううん」
浩平「あれは、美坂の悩み相談をしてたんだ」
真琴「悩み?」
浩平「家庭のことについて、ちょっとな」
妹のことだから、家庭のことには違いない。
真琴「ふーん」
オレは念のため、真琴に釘を刺しておくことにした。
浩平「真琴、このことは誰にも喋っちゃだめだぞ。特に相沢と水瀬にはな」
真琴「どうして?」
浩平「わざわざ体育館裏で会ってたのは何でだと思う?」
真琴「…あ、そっか」
浩平「みんなに聞いて欲しいのなら教室や学食ででもいいからな」
真琴「分かったわよ」
そしてペットショップの前を通りかかったとき、ふと思い出した。
浩平「あ、そうだ」
真琴「なに?」
浩平「ぴろのトイレとかどうしてる?」
真琴「えーと…」
真琴は言葉に詰まってしまった。
浩平「とりあえず、ここで調達しようか」
真琴「う、うん…」
オレ達はペットショップに入り、猫用トイレやトイレ用の砂、猫用の食器、猫の
餌、猫用バスケットなどを買い込んだ。
浩平「はぁ…なんだかすごい大荷物になったな…」
オレはペットショップの前で立ちつくしていた。
両手には中身の詰まった買い物袋、歩くのにさほど支障はないが、これ以上何か
を持つのは無理だった。
浩平「だから今日は肉まん食べながら帰るのは無理…っておい!」
真琴「なに?」
真琴は肉まんの袋を抱えていた。既に1個は口の中だ。
浩平「いつの間に買ってたんだよ」
真琴「ついさっき」
浩平「ついさっき、ってなぁお前…」
真琴「浩平も食べる?」
そういいながら1個をオレに差し出す。
浩平「どうやって?」
真琴「ん?」
浩平「ど、う、や、っ、て肉まんを持つのか聞いてるんだ!」
オレはそう言いながら両手の荷物を真琴に突き出す。
真琴「だから半分は真琴が持つ、って言ってるのに…」
浩平「それは断る」
こればっかりは譲るわけにはいかない。
真琴「あうぅ…。仕方ないわね…。それじゃ、はい」
真琴は手に持っていた肉まんを二つに割り、片方をオレに差し出した。
真琴「はい、あーん」
浩平「あーん?」
真琴「そうよ、あーん」
浩平「…」
オレは肉まんの断面をしばらく眺めていたが、このまま冷めてしまうのも勿体な
いと思って、大人しく真琴の言うとおり肉まんにかぶりついた。
浩平「…」
真琴「どうしたの?何だか顔赤いわよ」
浩平「うふふぁい!」
真琴「わっ!食べながら喋らないでよ!」
オレは口の中の肉まんを大急ぎで噛み砕き、飲み込んで言った。
浩平「うるさい、って言ったんだ!」
ふと見ると、真琴は半分の肉まんをオレに差し出していた。
浩平「…」
真琴「はい、あーん」
浩平「…」
オレは黙ってかぶりついた。
真琴「やっぱり顔赤いわよ」
浩平「…」
オレは何も答えず、口の中の肉まんを食べ尽くすことに神経を集中した。

家の玄関のドアを開け中に入ると、オレは両手の荷物を一気に上がり端に放り出
した。
浩平「はひー、さすがにちょっと疲れたな」
真琴「だから半分持つ、って何度も言ってたのに…」
浩平「まぁいいじゃないか。それじゃ、今日はオレの炊事当番だったな」
真琴「後片づけもよ」
浩平「分かってるって」

オレが台所で夕食の片づけをしていると、真琴が顔を覗かせて言った。
真琴「それじゃ、お風呂入るね」
浩平「あぁ、ゆっくり温まれよ」
真琴「うん…」
しかし真琴は浴室に行こうとしない。
オレは皿を拭きながら言った。
浩平「どうした?湯、冷めちまうぞ」
それでも真琴は動こうとしない。
浩平「ん?どうしたんだ?」
真琴「…ねぇ、一緒に入らない?」
浩平「な、なっ!…っわったったった!」
手が滑って持っていた皿を落としてしまったが、テーブルに落ちる寸前のところ
でキャッチできた。
浩平「ば、ばかっ!いきなりとんでもないこと言うんじゃない!」
真琴「それじゃ、いきなりじゃなかったらいいの?」
浩平「いきなりじゃなくっても一緒だっ!」
真琴「あははっ。それじゃ、お先にね。ぴろ、一緒に入ろ♪」
ぴろ「にゃ」
そして真琴は浴室に向かった。
浩平「……はぁ」
オレはため息をつくと皿拭きを再開した。

真琴に続いて風呂から上がると、真琴はリビングでテレビを見ていた。
浩平「それじゃ、今日は自分の部屋で寝るからな」
真琴「うん」
浩平「オレの代わりにぴろを踏むんじゃないぞ」
真琴「分かってるわよぅ」
浩平「それじゃ、おやすみ」
真琴「おやすみ」

オレは自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。
暗い天井を眺めながら、オレは考える。
浩平(そういえばあいつが来てから10日になるんだよな…)
そう、真琴との奇妙な共同生活も今日で10日目。
最初はオレを憎んでいたはずのあいつ。だけど今ではお互いに何だか…。
…。
浩平「…あちっ」
オレは布団をはねのけた。
布団の中の空気を入れ換え、冷たい空気に全身を晒す。
浩平(…ふう…)
あんなこと考えたら眠れなくなるじゃないか。
だからオレは頭の中を空っぽにすると、再び布団に潜り込んだ。
今度は暑さに起こされることもなく、静かに眠りに入っていった。

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