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★1月17日 日曜日★
ベッドの上で目が覚めた。
昨日、どのように家に帰ったのか、全く覚えていない。
身体は鉛のように重く、頭は砂でも詰まっているかのようだった。
そしてこの感覚は、オレがまだ、消えていないことを意味していた。
浩平(…どうしてまだ残ってるんだよ…)
未練など無いはずだった。
何もないはずだった。
だけど。
浩平(…そうか、まだ確かめていなかったよな…)
オレはベッドからよろよろと起きあがった。
服装は昨日の昼のままだ。
着替えもせず、ベッドに寝転がったらしい。
浩平(どんな時でも、寝ることだけは忘れないみたいだな)
オレは自分の本能に苦笑しながら、階段を降りていった。

リビングの時計を見る。
午後1時。
寝た時間は覚えていないが、おそらく12時間以上は寝ていたのだろう。
リビングのソファーに腰掛け、しばらくぼーっとしていたが、やがて立ち上がっ
た。
確かめなければいけないことがある。
そして、それを確かめれば、ようやくオレはこの世界からおさらばできる。

行き先は、商店街。
店に目的があるわけじゃない。
だからオレは、商店街の中を、ただ何度も何度も往復するだけだった。

夕刻頃、オレはある店先で、今日の目的を見つけた。
真琴。
唯一の、オレの心残り。
その真琴は、いつも肉まんを買っていた店の軒先に立っていた。
浩平(なんだ、元気そうじゃないか…)
そうだ、きっと真琴の家はこの商店街のそばなんだ。
そこで小遣いを貰って、大好物を買いに来たに違いない。
ならば。
オレは、その家を確かめよう。
「ただいま」と言いながらその家に入ってゆく真琴の背中をこの目で眺めてから、
最後の時を迎えよう。
だから、オレは真琴の買い物が済むのを黙って待っていた。

しかし、真琴の買い物は一向に済む様子がない。
何やら店員と交渉しているようだった。
しばらくすると、真琴はうなだれた様子で肉まんを店員から受け取り、立ち去っ
ていった。
オレは店先に近寄り、店員に尋ねた。
浩平「すみません、私さっきの子の知り合いなんですけど、何をしてたんですか?」
店員「え?あぁ、1つ分のお金で2つ買えないかって言ってたんですよ」
オレは苦笑した。全くあいつは…。
浩平「それじゃ、その10個入りの箱のヤツください」
言ってからオレは気がついた。
このまま真琴には声をかけないつもりじゃなかったのか?
この肉まんは一体どうするつもりなんだ?
…まぁいい。
肉まん食べながら消える、というのもいいもんなんだろう。様にならないけど。

店員から肉まんの入った袋を受け取ると、オレは辺りを見回した。
いた。
真琴は、いつもオレが叩きのめされていたゲームセンターの前に立っていた。
そして、女子学生が群がっているプリント機をじっと見ていた。
その女子学生の群も姿を消し、プリント機の前には誰もいなくなった。
真琴は左右を伺うとプリント機に駆け寄り、コインを投入した。
浩平(何やってんだよ、肉まん買う金も無いってのに…)
やがて出来上がった写真を鞄に入れ、真琴はプリント機から離れた。
オレはその後を追った。
浩平(何だかストーカーみたいだよな)
苦笑しつつ、真琴の後ろ姿を追い続けた。

真琴は、商店街を抜け、住宅街を抜けたが、依然として歩みを止める様子がない。
そのまま山沿いの道に入り、更に獣道のような山道へと入っていった。
浩平(何だ?こんな所に何があるってんだ?)
オレも真琴の後を追って山道の中へと入ってゆく。
こんな中に家があるとは思えなかった。
だったら近道か?
しかしつまずいて転んだ真琴の姿を見てオレは否定した。
これは歩き慣れている道じゃない。
真琴はしばらく倒れていたが、立ち上がると、服の裾を払い、再び歩き始めた。
浩平(せっかく買ってやった服が泥だらけになるじゃないか…)
オレは苦笑いしながらも、真琴についていった。
すると、視界が一気に広がった。
目の前には、なだらかな丘、そして星空。
浩平(…ここは?…)
オレは、ここを知っている。あれは確か…。
ちりん。
まただ、またあの音が聞こえる…。
…オレは意識を本来の目的に向ける。真琴を追わないと。
周りを見回すと、座り込んだ真琴の姿を見つけた。
浩平(なんのつもりだ、こんなところで…)
休憩か?野宿か?
どちらにせよ、ここよりはさっきの山道の方が、雨風に晒されないだけましだろ
う。
それより、真琴は自分の家に帰っていた、というさっきの自分の思い込みが大き
な誤りだという気がしていた。
本当は、真琴に返るべき家など無い。
だから、こんなところにこんな時間に座り込んでいるんだ。
だったら、オレは一体何を…。
真琴「あう…手温めてたら、肉まん冷めちゃったよぅ…」
にゃっ。
あの猫が、真琴の足元に現れた。
浩平(そうか、見つけ出したんだな…)
オレは何とも言えない感慨に耽っていた。
真琴「…おいで」
猫「うにゃ」
猫は真琴の膝の上に飛び乗った。
真琴「冷めちゃったけど、食べる?」
真琴はそう言うと、肉まんを袋から取りだし、2つに割った。
そして1つを猫に与える。
猫は夢中で食べ出した。
真琴「あはは、お腹空いてたんだね」
真琴は残った半分を口にした。
真琴「ほとんど冷めちゃったけど、中は温かい…美味しいね」
猫「にゃ」
真琴「あはは、返事してくれるんだ」
猫「にゃ」
真琴「あはは………寒いね。おいで」
猫「にゃ」
真琴「あはっ、温かい…」
真琴は猫を胸に抱き、その身を地面に横たえた。
真琴「…あたし達、一緒だね。どこにも帰る場所無いんだね…」
猫は真琴の脇で丸くなっていた。
真琴「…疲れちゃった…。昨日はキミを探すのが大変で眠れなかったから…」
真琴の声が小さくなる。
真琴「温かいお布団で…寝たい…ね」
真琴の声はこれを最後に聞こえなくなった。
オレが真琴のそばに立ったときは、真琴はすっかり目を閉じていた。
口から白い息が出ているのを見て、オレは安心した。
浩平「真琴」
声をかけても、目を覚まさない。
だからそのまま真琴の小さな身体を抱え上げた。
浩平「全く…。こんなところで寝たら、風邪引くぐらいじゃ済まないぞ…」
真琴の耳元に口を近づけ、囁いた。
浩平「帰ろう、オレ達の家へ。イヤだって言っても連れて帰るからな」
これで、当分オレは消えるわけにはいかなくなった。
浩平「お前はオレの大切な女の子だから、な」

家に戻り、真琴を由紀子さんのベッドに横たえ布団を掛けてやると、オレは自分
の部屋に戻った。
しかしふとオレは思い立ち、毛布を持って真琴のそばに戻った。
今日は、真琴のそばで寝てやろう。
理由は良く分からない。何となくそう思ったのだ。
オレは床の上に横たわり、毛布で身をくるむと、そのまま目を閉じた。

声「わぁーーーーーーーーーーーーっ!」
オレは耳をつんざく悲鳴で目を覚ました。
声「ここどこ?どこなのよぅ!」
浩平「おう、真琴、目を覚ました…ぐえっ!」
腹部に鈍い衝撃。
真琴「わっ何か踏んだっ!って今の声、浩平?」
浩平「お、おう、浩平様だぞ…」
オレは情け無い声を出した。
浩平「と、とにかく、足をどけてくれ…」

痛む腹をさすりながら、オレはキッチンで真琴にホットミルクを入れてやってい
た。
浩平「ほら、飲めよ」
そう言ってマグカップを真琴に手渡す。
真琴「う、うん…」
真琴は受け取ると、口を付けた。
真琴「温かい…」
浩平「そりゃそうだ。でなきゃ温めた意味がない」
真琴「そうよね」
浩平「それと、肉まん食べるか?牛乳と一緒に食べて美味しいかは保証できない
   けど」
真琴「うん、食べる」
浩平「それなら、温めるからちょっと待ってろ。10個入りのヤツ買ったから、
   数だけはたくさんあるぞ」
オレはそう言うと、肉まんを温める準備をした。
真琴「ねぇ浩平?」
浩平「ん?」
電子レンジのスイッチを入れながらオレは首だけを真琴に向けた。
真琴「浩平が、あそこから真琴を連れて帰ってくれたの?」
浩平「まぁ、そうだな。予想以上に軽かったんでびっくりした。ちゃんとしたも
   の食わなきゃダメだぞ」
真琴「だけど浩平も同じもの食べてるじゃないの」
浩平「む、言われてみれば確かにそうだな」
真琴「でしょ。…でもどうして?」
浩平「何が?」
真琴「どうして、あたしをここに連れて帰ったの?」
浩平「そりゃお前…」
真琴「?」
浩平「………何でだろ?」
真琴「何よそれ!」
浩平「ごめんごめん、冗談だよ、冗談。お前は貴重な労働力だからな。ここで抜
   けられるとオレが困る」
真琴「…それだけ?」
浩平「あとは…あのまま放っておけなかったからだな。あんなところで凍死でも
   されちゃ夢見が悪い」
真琴「ふぅん…」
真琴はオレの顔を見ながら何やら考えている。オレはその視線に居心地の悪さを
感じたので、慌てて言った。
浩平「そ、そうだ、あの猫は由紀子さんの部屋で寝てるぞ」
真琴「うん、知ってるよ。さっき見たもの」
浩平「そ、そうか」
やはり真琴はオレの顔を見ている。そんなに見つめないでくれ…。
と、その時、電子レンジのブザーが鳴った。
浩平「お、温まったようだぞ」
オレは温まった肉まんを電子レンジから取りだし、皿に並べる。
そしてその皿を真琴の方に押しやった。
浩平「ほら、温まったから食べろ」
真琴「ねぇもしかして、このまま温めたの?皮、堅くなってない?」
浩平「ばか、ちゃんと鍋に水入れて温めたって。大丈夫だよ」
真琴は温めたばかりの肉まんを手に取り、一口食べた。
真琴「…おいしい…」
浩平「ま、あの店の肉まんの味は、一度冷めたくらいじゃ落ちないって事だな」
真琴「そうね」
オレも真琴と一緒になって肉まんを食べる。
しかしやはり限度が来て、残り5つのところで食べるのを諦めた。
浩平「こりゃ、明日の朝食、食べられるかなぁ…」
真琴「もう12時過ぎてるから、明日じゃなくて今日じゃないの」
浩平「オレは寝て初めて日付が変わるんだよ」
真琴「ふぅん…」
浩平「ともかくもう寝ろ。明日も学校があるんだから」
真琴「…ねぇ浩平」
浩平「ん?」
真琴「真琴があそこで眠っちゃう寸前に、耳元で声が聞こえたんだけど…」
浩平「…」
真琴「あれって浩平よね?」
浩平「あ、あぁ、そうだったかも知れない」
真琴「何て言ったの?」
浩平「え、えと…覚えてない」
あんな事、2回も言えるかっ。
真琴「…何赤くなってるのよ」
浩平「えっ!と、とにかく、早く寝ろって!」
真琴「ふーん」
真琴はしばらくオレの顔を見ていたが、何かに納得したらしく頷いた。
真琴「それじゃ、お休みなさい」
浩平「あぁ、おやすみ…」
オレは由紀子さんの部屋に入り、毛布を回収して自分の部屋に戻ろうとした。
すると、
真琴「待って」
真琴に呼び止められた。
浩平「なんだ?」
真琴「今日は…一緒の部屋で寝ていいわよ」
浩平「何で?」
真琴「なんとなく」
浩平「……襲うぞ」
真琴「そのつもりなら、いつだって襲えたでしょ」
浩平「…それもそうか」
真琴に一本取られたようだ。
浩平「はぁ…分かったよ。だけど、もう踏まないでくれよ」
真琴「分かってるわよぅ」
真琴はいたずらっぽく笑った。
そしてオレは床に、真琴はベッドに横になる。
部屋の電灯が消され、真っ暗となった。
真琴「…」
浩平「…」
真琴「…浩平、起きてる?」
浩平「あぁ、起きてるよ」
真琴「今日はありがとね」
浩平「オレは礼を言われるようなことをした覚えはないぞ」
真琴「そう…。でも、ありがと」
浩平「…あぁ」
そしてそのままオレは眠りに就いた。

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