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★1月15日 金曜日★
朝食の席。
浩平「真琴」
真琴「ん?」
浩平「…もういいのか」
何が、とは言わなかった。昨日のことに分かり切っているからだ。
だから真琴も問いはせず、
真琴「……うん」
と答えるだけだった。
だからオレも
浩平「そうか」
と言うだけだった。
そして、しばらくの沈黙。
浩平「…」
真琴「…」
しかしオレは昨晩に決めたことを思い出し、真琴に言った。
浩平「あのな」
真琴「なに?」
浩平「今日は1日中出かけるから、すまないけど留守番してくれないか」
真琴はしばらく考えたのち、ぽつりと一言。
真琴「……やだ」
浩平「え?」
真琴「浩平についてく」
浩平「それはダメだ」
真琴「なんでよー」
オレはここで考えた。理由を言わなければ絶対真琴は納得しないだろう。納得し
ないと絶対ついていくと言い出すに違いない。
だけど、理由を言っても納得するとは思えないんだよな…。
諦めてオレは理由を言うことにした。
浩平「今日はお前の身元を探しに行くんだよ」
真琴「真琴の身元?」
浩平「そうだよ。そのためにまずは警察に行く。他にも色々当たってみる。駅前
   の掲示板も調べてみるつもりだ」
真琴「…」
浩平「全然楽しそうじゃないだろ?一日家でマンガでも読んでた方が、よっぽど
   楽しいって」
真琴「それでもついてく」
浩平「いや、だから…」
真琴「それで今の浩平をいっぱい知って、今の浩平とずっと一緒にいて、瑞佳を
   見返してやるのよ!」
そういうことか。だとすれば、今の真琴に何を言っても無駄ということだ。
だからここはオレが折れるしかない。
浩平「…わかった。ただし、つまらなくても文句は言うなよ」
真琴「うん」

オレ達は商店街の喫茶店の中に居た。
ふたり、向かい合って座り、黙り込んでいた。
浩平「…」
真琴「…」
警察署や新聞社など、考えつく限りの所を当たってみたが、全くの徒労だった。
オレも疲れたが、遙かに精神的に参っているのは真琴の方だ。
自分が何者なのか、どこから来たのか、一切の手がかりを失ってしまったのだか
ら。
オレは迂闊だった。このような事態を想定して、何が何でも真琴には留守番させ
ておくべきだった。
真琴「…」
真琴の肩が震えていた。
俯いているから顔は見えないものの、涙をこらえているのは明らかだった。
浩平「真琴」
だからオレは言った。
浩平「前にも言ったと思うけど、好きなだけうちに居ればいいから。自分の家だ
   と思ってくれたらいい。オレだけじゃあの家は広すぎるから」
俯いたまま、真琴は呟くように言った。
真琴「……ありがと」
浩平「礼なんかいいから。もうそんな遠慮するような仲じゃないだろ」
真琴は顔を上げて、うん、と頷いた。少しだけど、はにかんでいるようだった。
浩平「それじゃ食おうか。さっきから我慢してたんだ」
オレはそう言うとメニューをテーブルの上に広げた。
真琴「もう、食い意地ばっかり這ってるんだからぁ」
真琴は泣き笑いのような顔をしながら言う。
浩平「オレは甘党だからな。甘いものには目がないんだよ」
オレは精一杯にやにやしながら言う。
浩平「おっ、このジャンボミックスパフェデラックスなんてどうだ。名前もすご
   いけど、量もすごそうだ。これ、一緒に食べようか」
真琴「えー、浩平と一緒に食べるの?」
嫌そうな顔をする。
浩平「嫌だったらいいよ。ひとり淋しくこのプリンでも食べてるから」
真琴「分かったわよ。そこまで言うなら手伝ってあげる」
浩平「おう、頼むよ」
その約1時間後。
二人は仲良くテーブルの上に突っ伏していた。
浩平「なんだよこの量は…。これじゃ4人がかりでも無理かも…」
真琴「あうぅ…」
真琴は目を回していた。
浩平「…大丈夫か?」
真琴「な、なんとか…うぷ」
浩平「ホントに大丈夫か?」
真琴「…うん」
結局、半分どころか3分の1も食べられずに店を後にした。

真琴「あうっ、肉まん♪」
いつもの店の前で真琴が立ち止まる。
浩平「ちょっと待てっ。あんなもの食べた上でまだ食べるのか!」
真琴「そうよ」
浩平「はぁ…どうせ止めても無駄なんだろ」
真琴「うん」
浩平「分かったよ。ただ2個ぐらいにしておけよ」
真琴「うん、分かった」
そして真琴が買ってきたのは、肉まん6個。
浩平「これのどこが2個だぁ?言ってみろっ!」
真琴「あう…だって、美味しそうだったんだもん…」
浩平「じゃあ、ここで全部食ってみろっ!」
真琴「…無理…」
かなり凹んでいる。ちょっと責めすぎたようだ。
浩平「はぁ…。それじゃ、今日の夕食は中華にするか…」
そしてオレは同じ店で餃子と焼売を買った。…それぞれ20個。
真琴「浩平ぃ〜」
顔は笑っているが、声は笑っていない。
浩平「ごめんなさいごめんなさい美味しそうだったんでつい買ってしまいました」
真琴「さっき真琴に何を言ったか覚えてる?」
浩平「はいっそれはもう」
真琴「…じゃ、これでおあいこね」
浩平「そう言っていただけると有り難いです」

家への帰り道。
浩平「あ、しまった」
ふとあることを思いだし、立ち止まった。
真琴「どうしたの?」
浩平「学校に忘れ物取りに行かないと。ごめん、先に帰ってて」
真琴「じゃ、真琴も行くわ」
浩平「いいのか?」
真琴「どうせ暇だしね」

浩平「それにしても」
オレ達は学校の敷地内にいた。
浩平「誰もいない学校ってのも結構不気味だよな」
真琴「そうよねぇ…」
浩平「部活のヤツぐらい居るかとおもったんだけど、誰も居ない…」
オレは校舎のドアを1つずつ調べてまわり、何とか開いているドアを見つけた。
そこから中に入り、教室へ向かう。
浩平「お、あった」
自分の机で、オレは忘れ物のノートを見つけた。
浩平「それじゃ、帰るか」
真琴「待って」
浩平「ん?」
真琴「このまま帰ってもつまんないから、学校の中、探検しない?」
浩平「探検?」
オレは即座に却下しようかと思ったが、よく考えてみればこの学校に転校してか
ら一度も学内を廻ったことがないのに気がついた。
浩平「そうだな。折角の機会だし」
真琴「ね♪」

オレはとある部屋の前に立ち、声高らかに言った。
浩平「あぁ、そこは桃源郷とも、喜びの野とも聞く。それは前人未踏の大地。は
   たまた、そこに行けば全ての願いが叶うとも言う、輝きの園か。さぁ行か
   ん、約束の地へ!」
そしていざドアを開こうとしたその時!
ぱしーん!
真琴に顔をはたかれた。
浩平「い、痛いです…」
ちなみに女子更衣室の前だった。
真琴「冗談にも程があるわよぅ」
浩平「肝に銘じます…」

校舎内は一通り見て回ったので、校舎の外に出る。
校舎沿いに歩いてゆくと、中庭が見えてきた。
休みの日だから誰もいないはず…と思っていたら、人影が見えた。
浩平(あれ、あれはもしかして…)
相沢と、昨日中庭で見た女の子のようだった。
昨日ははっきり見えなかったが、今日ははっきり見ることが出来た。
真琴「真っ白な肌…」
浩平「そうだな…」
それは、雪のように真っ白な肌の少女だった。肩にはチェックのストールを羽織っ
ている。
真琴は女の子にしばらく見とれていたようだが、いきなり走り出した。
真琴「ゆ…」
浩平「ってちょっと待てっ!」
オレは声を上げながら駆け寄ろうとする真琴を捕まえ、口を塞ぎ、植え込みに
隠れた。
真琴「ううーっ、ううーっ!」
オレの手から逃れようともがく真琴。
相沢達の方を見る。良かった、気付かれていないようだ。
オレはもがき続ける真琴の口から手を放し、耳に囁いた。
浩平「ばか、あれは逢い引きしてるんだ」
真琴「あいびき?」
…そういえば、あのマンガ解説本の中には国語は入ってなかったような…。
浩平「男女が人目を忍んで会うことだ」
真琴「ふーん」
オレは真琴を開放した。
浩平「だからな」
オレは付け加えた。
浩平「みんなの前で相沢があの子に会ってる、なんて言っちゃだめだぞ」
真琴「なんで?」
浩平「なんで、って、それじゃ秘密にならないじゃないか。みんなに知られたく
   ないから、こんなところで会ってるんだ」
本当に逢い引きなら、もっと目立たないところで会うんだけどな。
浩平「だから、ここであいつらを見たことは胸にしまっておくんだ」
真琴「それでここで見たことをばらされたくなかったら、って祐一を脅すのね」
浩平「そうそう、それはいい考え…ってそんなことしちゃダメっ!」
真琴「大きな声出しちゃダメなんでしょ」
真琴は即座に指摘する。狙っていたのか?
浩平「あ、ああ、悪い」
相沢達の方を見る。何とか気付かれていないようだ。
真琴「脅すなんて、そんなの本当にするわけないでしょ」
浩平「冗談に聞こえないんだよ…」
どうもこいつを相手にすると調子が狂う。
気を取り直し、女の子に視線を戻す。
そのまま見続けていると、昨日の感覚が強くなってゆくのを感じる。
雪のような肌の女の子を通して、向こうの雪景色が見えるようだ。
浩平(やはりあの子は…)
他の世界に飲み込まれようとしている。
オレと似た存在。彼女は、オレと同じように消えてゆく運命なのだ。
ただ、異なっている点もあった。
彼女は、消されようとしている。自分のせいでなく、誰かの力で。
理由は分からないが、そのように直感した。
そしてその誰かとは…心当たりがあった。
あいつだ。あいつに違いない。
明確な根拠があるわけではない。相沢の介在が二人を結び付けているように思わ
れるだけだ。
しかし確信はあった。それで十分だった。
真琴「どうしたの?」
真琴が不思議そうにオレの顔を見ている。
浩平「何が?」
真琴「なんだか、すごく悲しそうな顔してた」
浩平「悲しそうな?」
真琴「うん」
悲しそうな、か。それはそうだろう。オレと同じ運命を背負った人間を見てしまっ
たのだから。
浩平「何でもないよ」
真琴「そう?それならいいけど」

オレ達はその後、相沢達に気付かれないように学校から抜け出した。
校門を出てしばらくした後、オレはふとあることに気づいて立ち止まった。
浩平「しまった…!」
真琴「今度はどうしたの?」
オレは手に提げている袋の中に手を突っ込む。
浩平「……つめたい……ぐすっ」
真琴「ほらほら泣かないの。いーこいーこ」
オレは真琴に頭を撫でられていた。

いつも通りの騒がしい夕食、そして風呂を終え、オレは自分の部屋に戻っていた。
ベッドの上に寝転び、暗がりの中、天井の一点を見つめながら、オレはずっと考
えていた。
今日、学校の中庭で相沢と会っていた女の子。
彼女もまた、オレと同じ運命を辿ろうとしているのだ。
だけど。
彼女はまだ間に合うはずだ。
オレのように盟約を結んだりはしていないだろうから。
その為には、彼女を消そうとしているヤツに話をしなければならない。
オレに残された時間はもうそれほど長くはない。
幼なじみの長森に忘れられた以上、こちらの学校のヤツらに忘れられる日もそう
遠くはないだろう。
だから、その前にやり遂げなければならない。
実行するなら、明日だ。
そう心を決めると、気持ちが落ち着いた。
そしてそのまま眠りについた。

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